第105話 平泳ぎ
フェイは、はるか上から、燃える空と、ばらばらに散っていく地上を見下ろしていた。
体が、落ちはじめていた。
焦げた煙の層を、背中から突き抜けた。熱い。それから、急に、冷たい風になった。耳もとで、ひゅうひゅうと風が鳴っている。
下に、魔導国の軍が広がっていた。
黒い鎧が、川の向こうの野原を、地平まで埋めている。山の上から見下ろした、秋の森みたいだった。数えようとして、すぐにやめた。どこまで行っても、黒い鎧だった。
そのあちこちから、黒い煙が上がっている。火の雨が落ちたところだけ、黒い鎧が、輪になって逃げていた。
「えっと……白い髭、金の角、黒い天幕」
地面が、ゆっくりと近づいてくる。川の向こうの丘。その上に、黒い天幕がいくつも並んでいて、いちばん大きいのが、真ん中にあった。
ただ、このまま落ちると、丘の手前の川に落ちる。
「もうちょっと、あっち……!」
フェイは、両手で空気をかいた。
山の川で、おばあちゃんに教わった泳ぎ方だった。両手を前にそろえて、大きく左右に開く。足で、蛙みたいに空を蹴る。
ほんの少しだけ、体が前へ進んだ。
「おお、進む!」
もう1回。もう1回。手のひらに、空気が、水よりずっと薄く引っかかる。山の川の淵を、向こう岸まで泳ぎきったときのことを思い出した。おばあちゃんは、岸の岩に座って、手を叩いてくれた。
空を平泳ぎする少年の下で、魔導国の兵たちが、口を開けて上を見ていた。
丘が、近づいてくる。けれど、天幕には、少し届かなかった。
フェイは、丘のふもとの、兵たちがいちばん固まっているところへ、まっすぐに落ちた。
どごぉん、と、地面が鳴った。
土が、噴水のように吹き上がった。周りの兵たちが、まとめて尻もちをつく。土煙が、ゆっくりと晴れていく。
大きな穴の真ん中に、フェイが座っていた。
「いてててて……」
お尻をさする。地面に、フェイの形の穴が、深く開いていた。
「い、隕石か!?」
「まだ降ってくるのか!?」
兵たちが、穴の縁から、恐る恐る中をのぞきこんだ。
穴の底で、少年が立ち上がって、服の土をぱたぱたと払った。
「あ、すみません。白い髭で、金の角の兜の人って、どこですか?」
しんとした。
それから、誰かが、喉の奥から叫んだ。
「て……敵襲ーっ!」




