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零のフェイ ~魔力0の山育ち、拳ひとつで成り上がる~  作者: 凪 瞬作
第一部 最終章 魔導国戦争編
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103/216

第103話 15秒

 フェイは、列を飛び出した。


 膝をついた兵たちのあいだを抜けて、後ろの陣へ駆ける。1歩で、5人分の列を跳び越えた。


 辺境伯は、陣の真ん中で、剣を抜いたまま空をにらんでいた。その横で、ブリジット先輩が、その腕をつかんでいる。


「辺境伯様!」

「フェイ殿!? なぜ下がってきた!」

「おれが、あれを壊して、かけらを魔導国のほうへ飛ばします」


 辺境伯の口が、半分開いたまま止まった。


「壊したかけらが、こっちに落ちてくるかもしれないので、みんなを後ろへ逃がしてください。それと」


 フェイは、川の向こうを指さした。


「あっちで、誰をやっつければいいですか? いちばん偉い人を教えてください」


 辺境伯は、フェイを見た。それから、空を見た。巨大な隕石は、もう、空の4分の1を埋めていた。


 信じられる話では、なかった。


 けれど辺境伯は、この少年と、剣を交えたことがあった。夏の朝の中庭で、自分の大剣を、指2本で挟んで止められたことが。


「……総大将は、白い髭の老人だ」


 辺境伯の声が、陣じゅうに響くほど大きくなった。


「金の角の兜をかぶっている。本陣は川の向こうの丘で、黒い天幕のうちいちばん大きいやつだ。周りを魔法使いが固めている」

「白い髭、金の角、黒い天幕」

「そうだ。……任せたぞ、フェイ殿!」


 辺境伯は、振り返って吠えた。


「全軍、退け! 軍議のとおりだ。ヴァイスベルクは西の道、グラウベルクは東の橋! 救護の天幕は、南の森へ運べ! 川岸の者も、走れ! 前を見るな、走れ!」


 陣が、一斉に動きだした。救護の天幕を積んだ荷車が、南の森のほうへ走っていく。その横を、シエルが、白い服の裾をからげて走っていた。


「フェイさん!」


 ブリジット先輩が、駆け寄ってきた。剣の柄を握った指の節が、白くなっている。


「わ、わたしも……」

「先輩は、シエルと、けが人のみんなをお願いします」


 先輩は、唇を噛んだ。それから、まっすぐにうなずいた。どもりは、もう無かった。


「――承知した。武運を」


 フェイは、川岸へ戻った。


 兵たちが、背中を見せて逃げていく。その流れに逆らって、いちばん前まで歩いていく。ノエル先生だけが、まだそこに立っていた。


「先生も、逃げてください」

「お前は?」

「おれは、あれを殴ってきます」


 先生は、何か言いかけた。眼鏡の奥の目が、フェイと、空の隕石とを、一度ずつ見た。


「……待ってるからな」


 先生は、背を向けて走った。


 川岸に、フェイが1人だけ残った。


 熱い。髪の先が、ちりちりと縮れていく。空いっぱいの隕石の腹に、ひびのような筋が、何本も走っているのが見えた。ごうごうという音が、耳の奥まで押しこまれてくる。


 あと、15を数えるくらい。


 フェイは、膝を深く曲げた。


 山で、いちばん高い樅のてっぺんへ跳んだときと、同じだった。違うのは、目の前にあるのが、樅の木ではないということだけだ。


 地面を、蹴った。


 足もとの川岸が、どん、と沈んだ。土が、輪になって吹き飛ぶ。


 体が、空へ昇っていく。風が、頬の肉を後ろへ引っぱった。霧の残りを突き抜けて、雲の高さを越えて、燃える隕石の腹が、目の前いっぱいに迫ってきた。


 フェイは、体をひねった。


 川の向こう側から、殴る。かけらが、魔導国のほうへ飛ぶように。


 右の拳を、腰の横に引いた。


「――せいっ!」


 拳が、隕石の腹にめりこんだ。

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