61話 秋司&柊真VSへムン
リスタが四人の密猟者と戦っていた頃。
「うぅ・・・。まずい」
「くそっ。厄介だなー。ったく・・・」
秋司と柊真はへムンと十匹のチャーフビーに苦戦していた。
秋司がチャーフビーの動きを止めようと、熊の幻術を発動してもへムンに解除され、常時五匹のチャーフビーに囲まれている二人。
この蜂。
凄い体当たりをしてくる。
針で刺すんじゃなくて、頭からの体当たり。
うん?
まずい、岩棘が・・・。
「ぐはっ」
秋司はチャーフビーの体当たりを避けるので精一杯だ。
しかし、チャーフビーに夢中になっていると、へムンが血転術を発動して追い打ちをかけてくる。
尖った石が三つ、秋司に命中する。
くっ・・・。
まずは蜂をなんとかしないと。
でも、この蜂、まるで見えないヘルメットを被っているみたいで、体当たりに合わせて正面に打撃を繰り出すと蜂に当たる前に衝突して止まるんだよね・・・。
「くっくっく・・・。苦しそうだなぁ。灯詠学園の優秀な生徒さん」
へムンは不適な笑みを浮かべて秋司と柊真を見つめる。
「秋司ー。俺を上に飛ばしてくれ」
柊真くん?
何か考えがあるんだね。
「血転術風転、風昇」
秋司はチャーフビーの体当たりを避けながら柊真の足元から上空に向かって風を吹かす。
柊真と、柊真を囲っていたチャーフビーは上空へ飛んでいく。
「うー? たかーく飛んだねー。でも、チャーフビーも一緒に飛んでいるぜー? 自分の首を絞めたなぁー」
へムンは上空に上がった柊真とチャーフビーを見て、嬉しそうにニヤついた。
「血転術身体術、蹴空」
柊真は空中で体勢を変えながら身体術の基本図式を描き、発動図式に丸、星を描いて、頭をへムンがいる斜め下に向ける。
そして足裏で空気を蹴ってチャーフビーを避けながら勢いよく落下していき、あっという間にへムンに接近した。
「なっ・・・」
へムンは大きく目を開き、口を少し開けて固まる。
「血転術身体術、業拳」
柊真は落下しながら身体術の基本図式を描き、着地すると同時に発動図式の五角形、丸を描き終える。
そして、業血司を使って威力を増幅させた右拳をへムンの腹部に当てる。
「ぐがっーー」
へムンは後方へぶっ飛び、二本の木を貫き、三本目の木に背中から衝突すると、木に寄りかかりながらその場に尻をつき、倒れた。
柊真が地面に着地してから数秒後に、チャーフビーは柊真に追いつき、再び囲う。
「くっくっく・・・。やるじゃねーかよー、灯詠のクソガキーー。チャーフビー、やっちまえー」
へムンはゆっくりと立ち上がりながら笑みを浮かべ、雄叫びを上げる。
へムンの声を聞いて、チャーフビーの動きが変わる。
蜂の動きが変わった?
今までは近づいてきて、体当たりをしてきたのに、少し距離を取って、お尻、針を向けている。
もしかして、今度は針を刺しに、突っ込んでくるのかな?
この針には恐らく毒がある。
まずはこれを避ける。
例え食らっても、毒対策はできている。
まりすけは木の後ろに隠れているけど、毒を食らったら助けに来てくれる・・・よね?
凄い震えているけど・・・。
「え・・・」
秋司が考えを巡らせていると、左頬にモスグリーン色の液体が飛んできた。
くっ・・・。
痛い・・・。
秋司は痛みで表情が歪む。
その光景を見たまりすけは、すぐに秋司に近づき、左頬を噛んで毒を吸い取る。
「ありがとう・・・、柊真くん。飛ばしてくる液体に気をつけて」
「ああ、分かった」
まりすけのおかげで痛みは消えた。
今のは毒なのかな?
まりすけに噛まれて、痛みが消えたってことは、毒なのか・・・。
それにしても、飛ばしてきた。
針で刺すんじゃなくて、液体を飛ばしてきた。
う・・・。
まずい、他の蜂たちも。
秋司を囲む、残りのチャーフビーもモスグリーン色の液体を針から飛ばす準備をしている。
「血転術、結界」
秋司は自分を囲むように結界を張り(基本図式に六角形、五角形、四角、発動図式に、丸、丸)、飛んでくる液体を防ぐ。
「結界? させないぜー。血転術、結界解除」
へムンは結界術の基本図式を描き、発動図式に三角を二回描く。
すると、秋司の張った結界が消えていく。
く・・・。
幻術も解除されて、結界まで。
秋司は苦い表情でへムンに視線を向ける。
チャーフビーは次々に液体を飛ばしてくる。
ダメだ・・・。
避けることで精一杯で、攻撃できない。
いくらまりすけがいるからといって、何回も毒を食らうわけにはいかない。
でも、このままだと埒が明かない。
毒を食らいながらなんとか蜂を倒さないと。
ただ、僕が使える術で、僕を囲んでいる蜂を一斉に倒せる技がない。
僕は範囲攻撃の術を一つも使えない。
風昇と風降は攻撃的な術じゃないから、全力で放ってもダメージをほとんど与えられない。
く・・・。
どうしよう・・・。
「ん・・・。ぐはっ」
秋司がチャーフビーの撃退方法を考えていると、一匹のチャーフビーが頭から秋司の胸に体当たりを当てた。
秋司はそれを食らい、後ろに倒れる。
あ・・・、まずい・・・。
「あっ・・・、秋司ーー」
倒れた秋司に、四匹のチャーフビーは一斉に毒の液体を飛ばす。
その様子を見ていたまりすけは、叫びながら秋司に近づく。
秋司の視界には、飛んでくるモスグリーン色の液体と、そして何かに弾かれ、その衝撃で他のチャーフビー一匹を巻き込んで地面に落下していくチャーフビーの姿が映った。
二匹のチャーフビーが放った液体は秋司に命中したが、残り二匹は、液体を放つ前に地面に落下した。
「秋司ー」
まりすけはすぐさま秋司に噛みつき、毒を吸い取った。
「今・・・。血転術風転、風出」
秋司はすぐに血転図式を描き、風出で前方に飛んでいる二匹と地面に落下している二匹、計四匹のチャーフビーを吹き飛ばした。
あとは、体当たりをしてきた一匹。
秋司は後ろを振り向き、残ったチャーフビーを見ると、飛んでいるそのチャーフビーは身体を貫かれ、その場に倒れた。
ん?
何?
さっきは蜂が弾かれて、今度は身体を貫かれている。
あっ・・・。
柊真くんは大丈夫かなっ。
秋司は柊真のいる方を見ると、二匹のチャーフビーが何かに撃たれて、その場に倒れる。
「・・・。血転術風転、風出」
柊真は驚き、一瞬固まったものの、すぐに風出を残った三匹のチャーフビーに放ち、吹き飛ばす。
「何っ・・・? 何が起こっているんだ・・・? 何かいる・・・。何かがいる」
へムンは冷や汗をかき、焦っている様子で森を見渡し、何かを探す。
秋司は柊真に近づき、二人も辺りを見渡す。
すると、少し離れた木の上で、急にある生物が姿を現した。
「あれは・・・、カクレテン・・・。なんか尻尾が凄い形になっているけど・・・」
秋司の視界に入ってきたのは、他の動物を逃すために戦っていた、一日目の夜に秋司とリスタの食べ物を盗み食いしていたカクレテンだった。
カクレテンのフサフサだった尻尾は、まるでスナイパーライフルの様な形に変化していた。
まさか、カクレテンが助けてくれたのかな。
「あいつ、まだいやがったのか」
へムンは怒りを顔に出し、カクレテンに向かって尖礫飛を放とうとする。
「もうおせーよ」
「柊真くん・・・。よしっ。六角形、四角、六角形、四角、六角形、星」
柊真は風出を固まった位置にいるチャーフビーに放って吹き飛ばし、へムンに急接近する。
そのまま近接戦を仕掛ける。
秋司は血転図式を描き、術の発動準備に入る。
「くっ・・・。ガキが調子に乗んなっ。お前ごときが俺に勝てるわけ・・・」
(こいつ・・・。さっきより動きがいい)
最初に近接戦闘を行った時とは動きが違う柊真を見て、へムンは言葉を詰まらせ、後退していく。
「く・・・。おい、チャーフビー。さっさと起き上がれー。俺を守れよー」
へムンの声を聞いて、風出で吹き飛ばされた七匹のチャーフビーは起き上がり、飛んで柊真に接近していく。
しかし、カクレテンは次々に弾を放ち、チャーフビーを撃退していく。
残った二匹のチャーフビーは柊真に頭から突進し、へムンはその隙に後方へ下がる。
柊真はその衝撃で倒れる。
「ガキがー。終わりだー」
へムンは倒れた柊真に水放2LRを放とうとするが。
「終わりなのはそっちみたいだぜ・・・」
そんなへムンに、右手にスカイブルー色の冷気を纏った秋司が猛スピードで接近していく。
「なっ・・・」
秋司が視界に入ったへムンは驚き、固まる。
二匹のチャーフビーは秋司に突進しようと試みるが、カクレテンが二匹とも狙撃する。
「うおおおおお、血転術氷転、氷砕掌ー」
「ぐぅ・・・」
秋司はへムンの腹部目掛けて勢いよく右腕を伸ばす。
秋司の右掌がへムンの腹部に命中・・・、する前に結界が張られた。
「う・・・、うあああああ」
秋司の右掌が結界に当たると、その反動で秋司の右腕は思いっきり弾かれ負傷する。
う・・・。
なんていう結界の壁・・・。
壁じゃない。
囲う結界・・・?
秋司は反動で倒れ、左手で右上腕を押さえ、座り込みながら辺りを見渡すと、立方体の結界に囲まれていた。
その結界の中に柊真の姿もある。
この人がやったの?
こんな結界を張れるなんて・・・。
「く・・・。強い・・・」
秋司はへムンを見つめるが、へムンは驚き固まっていた。
「ちがう・・・。ちげーよ、秋司・・・。奥だ。木の陰に隠れてる・・・。化け物が・・・」
「えっ・・・」
柊真は冷や汗をかき、顔を強張らせて奥にある木を見つめる。
誰かいるの・・・?
僕には分からないけど。
「ぅっ」
秋司は柊真が視線を向けている先を見つめても、敵らしき生物を確認することができなかったが、木の陰に隠れている業血司使いが動き、少しだけ振り返ると、その業血司使いの黄色い瞳をした左目と目が合い、全身が固まった。
何・・・、あの人・・・。
この威圧感・・・。
身体が動かない。
圧倒的な力の差を感じる。
秋司は負傷した右腕を左手で押さえながら固まった表情でその業血司使いを見つめる。
その業血司使いはそのまま去って行った。
「ガキどもー、ゆるさ・・・。ああ? なんだよ? ・・・。分かったよっ」
へムンは結界に閉じ込められている秋司と柊真を怒りの形相で睨みつけるが、通信機から撤退するよう命じられ、その場を去って行った。
・・・。
助かった・・・。
秋司は右腕を力強く左手で押さえながら、去って行く業血司使いを見つめた。
圧倒的な力の差を感じた業血司使いに夢中で、へムンのことは視界に入っていなかった。
秋司は力が抜け、その場に座り込んだ。
く・・・。
業血司もスタミナも結構限界に近い。
ダメージもそこそこに。
でも、一番痛かったのは、最後の結界・・・。
氷砕掌が全く通用しなかった。
僕の氷砕掌はまだ完全な状態じゃないけど、それでもあの結界を破れる気がしない・・・。
「秋司、大丈夫か? 待ってろ。血転術、回復」
柊真は回復術の基本図式を描き、発動図式に三つ葉を二回描く。
傷を治療する回復術だ。
そして、両手を重ね、掌を秋司の右腕に近づける。
「ありがとう。でも、程々で大丈夫だよ。この結界を解かなくちゃいけないし。何より、柊真くんも業血司、そんなに残っていないでしょ」
「うるせーなー。いいから黙って治療されてろっ。どっちにしろこの結界は解けねーよ。結界術の封印術じゃねーし、いずれ弱まるだろうから、そん時までお家デートだな」
秋司は柊真の状態を見て気遣うが、柊真は治療に集中する。
秋司は柊真の言葉を聞いて、微笑んだ。
諒介とカズセは李朽と戦い続けていた。
「はあはあ・・・」
三人とも既にかなり息が上がっている。
「ピー・・・。何? ・・・。了解」
左耳につけている通信機から撤退するよう命令を受けた李朽。
李朽は諒介とカズセを数秒見つめた後、その場を去って行った。
「はあはあ・・・。引いていった・・・。ふぅー・・・。正直、助かったよ」
カズセはその場に座り込む。
「うん・・・。ぎりぎりだったね・・・」
諒介は両手を膝について、大きく呼吸をする。
柊真は秋司に回復術を施し続けていた。
「柊真くん・・・。これ・・・」
「なんだろう・・・。鏡みたいになってるな・・・」
秋司は柊真の治療を受けている間に、何か異変を感じて、上空に視線を送ると、結界に閉じ込められている秋司と柊真、結界の外で二人を見つめるまりすけ、カクレテン、そして地面や木々が映っていた。
まるで鏡を見ているように。
その光景が段々と消えていくと、結界の外に突然、大きな鹿の様な生物の姿が見え始めた。
「え・・・? あの鹿って・・・」
「ああ。一日目に会った鹿だよな。リスタとカズセが食われそうになっていた・・・。今度は俺たちってこと・・・?」
「えぇー・・・。どうしよう。食べられちゃうのかな・・・?」
秋司と柊真の前に現れたのは、一日目にリスタとカズセの前に突然現れた大きな鹿だった。
一日目は頭上に濃い紺色のオーラを纏っていたが、今は水色のオーラを纏っている。
まるで水面に反射する晴天の青空のように。
その大きな鹿を見た秋司と柊真は冷や汗をかきながら恐怖で震えている。
鹿は前足を大きく上げて立ち上がる。
「ぎゃあああああ。食われるぅー」
「きゃあああああ。食べられちゃうー」
柊真と秋司は同時に叫び声を上げ、思いっきり目を閉じて抱き合う。
そんな二人に結界の外から薄い視線を向けるまりすけとカクレテン。
大きな鹿は前足を地面につけると、結界が消え去っていく。
「ぎゃあああ・・・。結界が消えたぞ・・・」
「きゃあああ・・・。本当だ・・・」
力強く抱き合っていた柊真と秋司は目をゆっくり開けると、結界が消えていることに気がつき、抱き合っている力を弱める。
「・・・。助けてくれたの?」
秋司は柊真から離れて、大きな鹿に近づく。
「そうみてぇだな。サンキュー」
柊真も大きな鹿に近づき、笑顔を向ける。
「ありがとう」
秋司も微笑みを向ける。
「・・・。うん?」
大きな鹿は、じーっと秋司を見つめる。
その目には、抱きしめられる様な温かい優しさと、そこから長い時間離れる様な切なさが含まれていた。
秋司はきょとんとした様子で、小さく声を漏らした。
「・・・」
大きな鹿はその場から一瞬で消え去った。
なんだったんだろう・・・。
大きな鹿がこの場から離れた後も、しばらく大きな鹿がいた場所を見つめていた秋司。
「秋司ー。オイラ、時間だから帰るよー」
「んっ? まりすけー。ありがとねっ」
まりすけはぼーっと固まっている秋司に近づいて声をかけ、消えて帰っていった。
「・・・。あぁー、カクレテンっ。ありがとねーー」
秋司はカクレテンが視界に入ると、一気に近づき、思いっきり抱きしめる。
秋司は左頬をカクレテンの右頬に擦る。
カクレテンは無表情のまま固まっている。
「サンキューなっ、カクレテン」
柊真も抱きかかえられているカクレテンに近づき、無表情の顔と視線を合わせて笑顔でお礼を言う。
そんな柊真の言葉を聞いて、カクレテンは軽く頷く。
その後もしばらく、秋司はカクレテンを離さず抱きかかえていた。
今回の騒動で、密猟団の目的であるニバシシオザルは無事一匹も捕獲されなかった。




