記憶の断片その一
颯介と別れたムタは、路地裏の室外機の上で一人、考え事をしていた。
自分について、何か思い出せそうな気がしていたのだ。
『十六年前の銀行強盗事件』という響きに聞き覚えがある、ムタはそう確信していた。
だが、一体どういうことなのか?
自分は本当に、ただの猫ではないということなのか?
颯介にも言ったように、人間と喋れる時点で普通ではないよな、と自分に突っ込みをいれながら、ムタなりに考えていた。
やがて、室外機の音と少しの振動が心地よくなり、ムタはそのまま眠ってしまった。
こちらを見て、笑顔で泣いている女性。
彼女は一体――?
「はい。よろしくお願いします。」
彼女の左手の薬指に、キラリと光る指輪が見えた。
幸せに包まれていくのを感じる。
場面は変わって、先程と同じ女性がこちらを見て微笑んでいる。
場所も何となく、見覚えがあった。
大きな観覧車がある公園――見覚えのある景色に、胸が高鳴る。
「見て、観覧車があるわ。数年後、家族みんなで乗りたいな。そして、未来の話をするの。」
『数年後』『家族』『未来』という言葉に疑問を感じつつも、心がじんわりと温かくなっていくのがわかる。
また場面は変わって、先程の女性が優しく微笑んでいる。
よく見ると、女性のお腹が僅かに大きくなっている気がする。
「男の子と女の子、どっちかしら。まだ生まれてもないのに、この子の将来のことを想像しちゃう。楽しみね。名前もそろそろ、決めておかなくちゃ。」
そう言って、丁寧にお腹をさする女性を見て、とてもいとおしく感じた。
そして、人だかりができている場所――
テレビや雑誌、マスコミの取材陣だろうか、フラッシュを焚いて、撮影をしている。
それを掻き分けて行った先は、銀行強盗事件が起こった現場と思われる場所であった。
一人の女性が倒れこんでいる。
その近くで男性が一人、酷く血を流し、倒れている。
そこにいる他の人々は、恐怖に肩を震わせていた。
倒れこんでいる女性に駆けよった。
身体が震えているわけでも、苦しそうにしているわけでもない。
死んでもいない……恐らく、気絶しているだけだろう。
少しほっとしたが、とてつもなく、胸が苦しい――
ムタは、ハッと飛び起きた。
呼吸がとても荒くなっていた。
今のは、夢だったのだろうか?
だとしたら、あれは自分の記憶の断片ということになるのだろうか?
何も確証はないが――
あの女性は誰なのか、自分にとっての何なのか、ムタは頭を悩ませた。
あの女性が、自分の正体の手掛かりであることには違いない、そんな気がした。
だが、肝心の顔が思い出せない……ムタは、これからどうするべきかを考えていた。
そこで、見覚えのあった景色――観覧車がある公園のことを思い出した。
急がば回れと言うじゃないかと、ムタは、あの観覧車がある公園に行くことに決めた。
そう決めたからには、あいつも巻き込んでやらなければ。
使命感のようなものだろうか。
ムタは、颯介の住む児童養護施設へと、足早に駆けていった。




