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満月の夜に猫は微笑む  作者: 涼木あきこ
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観覧車のある公園

 俺は幸人と話をしたあと、今回の事件のことを考えながら、寝そべっていた。

この殺人事件は、十六年前の事件の復讐なのだろうか?

以前、途中まで考えていたことを、思い返していた。

警察が長年に渡り捜査をした上で、何も進展がなかったと青柳さんも言っていた。

それほど、手掛かりのない事件だったはずなのだ。

それなのに、一般人に復讐なんて可能なのだろうか――?

あと、青柳さんに聞いたことで、引っかかることがあった。

十六年前に盗まれた五千万円の行方も、未だに分かっていないらしい。

こんな大金が動けば、犯行グループをある程度割り出せるはずだ。

犯行グループも、それを避けるためにどこかに隠したのだろうと青柳さんが言っていた。

亡くなった後藤さんの家から見つかった、謎の暗号が書かれた紙――

あれには、一体、何の意味があるのだろう?

あの暗号を解けば、もしかすると、消えた五千万円が出てくる可能性もあるかもしれない。

家の中にいる赤ん坊を抱いた天使、その隣には木と下向きの矢印――

忘れずに覚えておくことにしよう。

俺はそんなことを考えながら、眠りについた。


 「颯介!おい!さっさと起きろ!もう朝だぞ!」

目を覚ますと、部屋の窓の外にムタがいた。

時計の針は、朝の七時を指していた。

「颯介、珍しく早いね。その猫、さっきからここで鳴いてるんだけど……」

幸人が困ったように、こちらを見ている。

「……ったく。どうせ、腹でも減ってるんだろ。ちょっと行ってくる。」

幸人に怪しまれないように、俺はそう言って、ムタの元へと向かった。


 「どうしたんだよ。こんな時間に。……っていうか、俺の部屋の場所まで知ってるのかよ。」

俺は欠伸をしながら、ムタに言った。

「聞け、颯介。夢を見たんだ。はっきりとは覚えていないが、俺は観覧車のある公園にいた。その観覧車を見れば、何かを思い出すかもしれない。」

ムタは、俺の言ったことは聞いていなかったかのように、ひたすら自分の夢の話をした。

「観覧車のある公園か…都内であれば、数は絞れるな。今日は学校があるから、また放課後……」

俺がムタと話していると、幸人が部屋の窓を開けて、話しかけてきた。

「何か喋り声が聞こえると思ったら……颯介、まさかその猫と話してたの?大丈夫……?」

幸人はものすごく心配そうな顔をしていた。

「だ、大丈夫だって!ほら!たまにあるだろ?動物と戯れたいとき!」

「まあ、いいけど。颯介が動物と話してたくらいで、友達はやめないさ。」

幸人はそう言って笑…た。


 あの後、一度部屋に戻った俺は、不覚にも二度寝をしてしまった。

「やべ!寝ちまった……!」

時計は、八時を回っていた。

朝ご飯を食べずに、走って正面玄関を出ると、背後から美魔女の声がした。

「颯介くん、気を付けていってらっしゃい!信号はちゃんと見るのよ!」

「はーい!」

振り返る余裕がなかった俺は、返事をして、後ろ手に手を振った。

「ここ数日、颯介の帰りが遅いんだ。何かに首を突っ込んでるんじゃないかって、心配だよ。」

「施設長、心配しすぎですよ。颯介くんだって、もう高校生ですし。」

「……そうだね。」


 俺は、チャイムと同時に、教室へ入った。

「あぶねー!ギリギリセーフ!!」

「まったく、お前は……」

市川先生は、何か言いたげな顔をしていたが、それ以上は何も言わずに、授業を始めた。

「これ、分かるやつ……お、今、目が合ったな?」

「げっ、まじか。」

俺は、市川先生とがっつり目が合ってしまい、そのまま指名されてしまった。

「んと……9通り。」

「正解。」

市川先生は、俺の担任であり、数学の教師でもある。

俺は、数学は好きだ。

どのくらい好きかというと、数学の授業はまだ一度しか遅刻していないと言えば、伝わるだろうか。

とは言え、いつも今日みたいに、ギリギリで滑り込んでいるのだけれど。

さっきから、やたらと目が合う気がする。

最近はいろいろあって、あまり授業に集中できていないのが、バレているのだろうか。

そういえば、市川先生に聞かなければならないことがあった――この前見えてしまった、銀行強盗事件の新聞記事について。


 全ての授業が終わり、俺は職員室へ行った。

「市川先生いますかー?」

「市川先生?あれ、さっきまでいたんだけどな。」

「そうですか。急ぎじゃないんで、また今度来ます。」

どこへ行ったのだろうと少し気になったが、今日は諦めて、ムタとの待ち合わせ場所へと向かうことにした。


 「ん?」

学校を出て歩いていると、どこからか視線を感じた。

俺は走って、近くの路地裏に入り、息をひそめた。

少し走っただけなのに、呼吸が苦しい――誰かにつけられていたかもしれない、という緊張も相まって。


「颯介。どうした?」

背後から、ムタがやってきた。

「なんだ。ムタか……」

「なんだ、とは何だ!」

文句を言うムタを、この前と同じように、リュックに詰め込んだ。

「よし、と。さて、行きますかー。」

俺は一人呟き、ムタを入れたリュックを背負って、路地裏を出た。

「一体、どこに行くの?颯介。」

路地裏を出ると、目の前に、幸人と美紗がいた。

様子がおかしいと思い、危ないことをしているのではないかと、二人で後をつけてきたらしい。

最近、よく後をつけられるな、この前のムタのときといい――俺も、背後には気を付けないと。

「颯介……最近、帰りが遅いから、私も心配してた。」

美紗にも心配をかけさせてしまっていたなんて、と俺は少し驚いた。

というのも、いつも美紗を気にかけていたのは、俺だったから。

「えーっと……これから、観覧車の見える公園に行こうと思ってさ。」

俺は誤魔化すようにして話したが、上手く誤魔化せたかどうかは、別の話だ。

「そういうことなら、僕らも行かせてもらうよ。久しぶりに三人で遊びに行こうじゃないか。」

「行きたい……!私も、久しぶりに三人で遊びたいな。」

「別に俺は、遊びに行くわけじゃないんだけど……」

「え、それじゃあ、何しに行くの?」

「もしかして、デート……とか?」

「ち、違ぇよ!……ったく、仕方ないな。」

最終的に、ぐいぐい来る二人に押し切られてしまった。


 「三人、合流しました。はい……はい……。分かりました。それでは。」

この時俺は、もう一人の誰かにつけられていたことに、全く気が付かなかった。


 「あああああ!息苦しい!まだ着かないのか!」

ムタが背後で、ごにょごにょ言っている。

「ねえ、猫の鳴き声が聞こえない?」

移動中の電車の中で、美紗が言った。

「そ、そんなわけないじゃん。電車の中だぜ?」

俺は焦って、否定した。

「あら、颯介は知らないのね。猫の中には、電車に乗って移動する子もいるそうよ。検索すると、写真がたくさん出てくるの。ほら、見て。」

美紗は、スマートフォンの画面を俺と幸人に見せた。

「そ、そうなのか!確かに、何かの映画でも、そんなシーンを見たような気がする。」

リュックの中に猫がいるとバレないように、俺は必死になって話題を探し、いろんな話をした。

途中からはもう、何を話したのか、あまり覚えていない。

そうこうしているうちに、目的地に到着した。


 幸人と美紗から、一旦距離を取るために、俺は喉が渇いたと言って、自動販売機へ向かった。

ちょうど、二人の死角であろう位置に、ベンチがあった。

「ぷはーっ!ああ、息苦しかった!」

リュックを開けた途端、ムタが勢いよく飛び出してきた。

余程、苦しかったのだろう。

ムタのために、もっと通気性の良いリュックを探すか――

気が付くと、そんなことを考えていた。

ムタと過ごす時間が増え、この時間が当たり前に続くものだと、俺は思っていたのだろう。

でも、ムタの正体が判明したら、または、ムタが自分の正体探しをやめてしまったら――

俺たちの関係は、どうなるのだろうか。

そんなことを考えるのはまだ早い、俺は自分にそう言い聞かせた。

「それで、とりあえず目的地には着いたけど、何か思い出せそうか?」

「このベンチ……あの夢で見たものと同じだ!ちょっと、高く持ち上げてくれ。」

そう言われ、俺はムタの前足の後ろ側から手を入れ、両手で高く持ち上げた。

「そうだ、あの観覧車!ここだ!ここで間違いない!」

ムタは何かを思い出したのか、興奮しているようだ。

「でも、俺はここで何をしていたんだろう?あの女性は一体――」

ムタが小さな声で、独り言を言っている。

「笑わないでくれよ、颯介。俺、もしかしたら、人間だったのかもしれない。あの女性が俺の恋人だったとするならば、あの夢も説明がつく。」

「ははっ!猫が人間!?そりゃないって!」

笑うなと言われていたが、俺は笑ってしまった。

しかし、ムタは真剣な顔で、何やら考え事をしているようだった。

「ま、まあ……何かわかったのなら、よかったよ。」

俺はそう言った。


 「待たせて悪いな。」

俺は、幸人と美紗の分の飲み物を買って、二人の元へ戻った。

もちろん、ムタは再びリュックの中だ。

さっきよりもちょっとだけ、チャックを広く開けてあるから、苦しくはないだろう。

久しぶりに三人で遊びに来たんだからと、観覧車に乗ることにした。

「昔、施設長に連れてきてもらったとき、美紗は怖がって乗らなかったんだよね。」

幸人が美紗をからかった。

「今は怖くないわ。ちょっとやそっとでは、落ちないってわかったから。」

幼い頃の美紗は、少しの風が吹いただけでも、観覧車のゴンドラが落ちると思っていたらしい。

俺たちが施設長と一緒に観覧車に乗っている間、美紗はみゆき先生と手をつないで、下で待っていたのを覚えている。

「そういえば、足漕ぎボートも怖がってたよね。漕ぐのを止めたら、沈んじゃうー!って。」

さらに幸人が追い打ちをかけると、美紗は恥ずかしそうにしていた。

「ははっ。久しぶりにお前らとこうやって話した気がする。」

俺は、どこかほっとしている自分に気が付いた。

最近は、ムタや青柳さんたちといたせいか、児童養護施設のみんなと過ごす時間があまりなかった気がする。

そんなことを思っていたら、あっという間に地上に着いてしまった。

さっきまでは気が付かなかったけれど、観覧車の出口の目の前にあるライブステージが賑わっていた。

「なぁ、少し覗いてみようぜ!」

俺は背伸びをして、ステージを見ようとした。

「あ、あの人、この前テレビで見た気がする。左利きのギタリスト。」

幸人が指を指す方へ目をやると、大柄で金髪のモヒカンの男がギターを弾いている。

曲も、最後の大サビといったところだろうか。

観客は歓声を上げていた。

ディストーションが心地よく響きながら、フェードアウトしていく。

「パアンッ」

それは、あまりにも急な出来事であった。

歪んだギターの音が微かに残っている中、ギタリストの男が胸から血を流し、倒れこんだのだ。

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