葛藤と杞憂
「しっかし、何かが引っかかる……何か、思い出しそうなんだが……」
ムタは先程までとは打って変わり、声のトーンを低くした。
「ん?魚の骨でも引っかかってんの?」
俺は、そんなムタの様子を気にすることなく、適当に答えた。
「そうじゃない。さっきの……十六年前の銀行強盗事件のことだ。」
「ああ……あれな。俺の友達の親父さんが、巻き込まれて死んでるんだ。だから、俺も他人事とは思えない。」
真剣な様子のムタに気が付き、俺も真面目に言った。
「そうだったのか……なるほどな。今回の殺人事件、十六年前の事件に関連していると思うか?例えば、後藤が十六年前の事件に関係していると知った何者かによる復讐、とか。」
俺の話を聞いて、ムタは俺に問いかけた。
「わからない……ただ、俺だったら、復讐……してしまうかもしれない……」
俺は、自分の手を強く握りしめた。
「何を言うんだ。お前はそんなやつじゃないだろう。」
「猫のお前に、何がわかるんだよ?」
「何となくだ、何となく!あるだろ?そういうの。それに俺は、人の言葉を喋れる時点で、ただの猫とは違う。」
「まあ、そうだな……」
ムタはさっき、何か思い出しそうと言っていたが、思い出せたのだろうか――
そのときは、何も教えてくれなかった。
俺はムタと別れた後、児童養護施設へと直帰し、取っておいてくれた夕飯を食べた。
「今日も遅かったね。」
ここ数日に起こったことを考えながら夕飯の後片付けをしていると、暗い廊下から施設長が現れた。
「うわぁっ!驚いた……施設長か。」
自分しかいないと思っていた空間で、急に声をかけられたので、俺は驚いてしまった。
「ごめんごめん、驚かせてしまったね。」
「大丈夫だよ。ごめん、連日遅くなって。」
「颯介が無事なら、何も問題ないよ。」
「ありがとう。俺は大丈夫。」
「颯介、前から言っているけど、私たちは家族だからね。何かあった時は、いつでも言いなさい。」
「うん。そうする。心強いよ。」
俺は、施設長と少しだけ話をして、自室に戻った。
「遅かったね。どこに行ってたの?」
部屋へ戻ると、俺の気配に気が付いた幸人が言った。
「青柳さんと……そのぉ……家宅捜索に……」
「昨日も帰りが遅かったけど、何かの事件に首を突っ込んでるってこと……?」
「いや……この前行ったマジックショーで、殺人事件が起きたんだ。それで……」
「殺人事件……!?颯介は怪我とか……精神的なショックとか、ないの?大丈夫?」
幸人は青い顔をして、心配そうに言った。
「幸人、心配かけてごめん。俺は大丈夫。」
俺がそう伝えると、幸人は少し、ほっとしたようだった。
――この時、俺は、ある事を言おうかどうか悩んでいた。
幸人の父親は、十六年前の銀行強盗事件に巻き込まれて亡くなっている。
幸人の生まれ年の事件だから、父親との記憶は一切ないだろう。
しかし、父親の死をきっかけに、母親が体調を崩していったらしいということは、以前話してくれたことがある。
友達として、こういう時はどうするべきなのか?
十六年前の銀行強盗事件に関する手掛かりが見つかったと幸人が聞いたら――
「颯介。もし、僕に何か遠慮していることがあるなら、話してほしい。」
俺はそんなに難しい顔をしていたのだろうか。
幸人は人のことを、よく見ている。
ちょっとした心の機微を、決して見逃さない。
恐らく、俺が顔に出やすいタイプでもあるのだけれど――
昔から、幸人はそうやって俺のことを助けてくれた。
そんな優しい幸人ならば、何を言っても問題なく受け止めてくれるだろう。
だが、今回のことは、少し勝手が違う。
言ってしまえば、幸人の人生を大きく変えてしまったであろう出来事に関係していることだから。
幸人は強い――俺は、俺なりに考えた結果、幸人に話すことにした。
「実は、今回亡くなった人、十六年前の銀行強盗犯の一人かもしれないんだ。」
俺がそういうと、当たり前だが、幸人は驚いた顔をしていた。
それもつかの間、幸人はいつもの優しい顔をして言った。
「なるほどね……まったく。颯介、僕って、復讐に走るような人間に見える?」
「いや……見えない。」
この心配事は、杞憂であったことにすぐ気が付いた。
「颯介はそうやって、問題を一人で抱え込むところがあるよね。そういうの、いらないから。僕は颯介と違って冷静に物事を判断するよ。安心して。僕は復讐なんかしない。だけど、颯介が危険な目に合うのであれば、僕も一緒に、巻き込まれに行くからね。」
「ははっ。サンキューな、幸人。」
そうだ、一人じゃないんだ――俺は幸人の言葉を聞いて、温かい気持ちに包まれた。




