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満月の夜に猫は微笑む  作者: 涼木あきこ
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家宅捜索

 恐らく、銃はショーの講演前に、『仮面の女』によって、すり替えられた。

という俺の仮説を、青柳さんや溝端刑事にも話した。

「うん。そうだね。僕も、そう思っているよ。伊達に推理小説を読み込んでいるだけではないね。」

「フンッ、例の仮面の女の犯行だってことは、誰にだってわかること……」

「そんなこともないと思うよ。まず、疑われるべきなのは、ハンドガンをショーの最中に持ってきたアシスタントの女性。その女性の犯行ではないということを、颯介は証明した。彼女が、銃の知識を持っていないってことでね。」

「そ、それは……確かに、そうですね……」

溝端刑事は腑に落ちないという顔をしている。


 今日は、現場にいた人たちも、一旦帰宅させることになり、俺たちも会場の外へ出た。

肝心の『仮面の女』は、どの防犯カメラにも映っていなかった。

どこか、見えない場所で着替えて、講演前に観客に紛れたのだろうか。

『仮面の女』という手掛かり以外、何も見つからなかった。

そもそも、後藤慎二というマジシャンを殺した動機は一体――?

「何だ、さっきからずっと険しい顔をして。」

俺はハッとして振り向いたが、誰もいない。

「何度そのくだりをやれば気が済むんだ、お前は!」

よく聞くと、ムタの声だった。

「おっと、ごめんごめん。…実はさ、殺人事件が起きたんだ。」

俺はしゃがんで、ムタをかわいがるように撫でながら、小声で伝えた。

「なるほど。それは厄介なのに巻き込まれたな……ひぇっ!」

そのとき、ムタは驚いた顔をし、俺の後ろにサッと隠れた。

しかし、少し遅かったようだ。

「あ~っ!チョビじゃないか~!相変わらずダンディな面構えだな~!最近来ないけど、どこにいたんだよ~!」

そう言って、ムタをくしゃくしゃと撫でまわすのは、溝端刑事だった。

大の猫好きらしい。

ムタはものすごく、嫌がっている。

「何だお前!チョビとも仲良しなのか!?解せん……!」

溝端刑事は、青柳さんやムタと仲良くする俺にライバル心を燃やしているようだ。

俺はそれを、逆に楽しむことにした。

「その猫、最近、うちによく来るんだよね。俺に懐いたっぽい。」

そのやりとりを見て、青柳さんはひたすらニコニコしている。

「はいはい、二人とも。明日は、後藤さんの家に家宅捜索に行くよ。現地集合で。場所はまた後で連絡するね。それじゃあ、また明日。」

青柳さんは手をひらひらさせながら、去っていった。


 「颯介。その家宅捜索、俺も連れていけ。」

ムタは何故か、張り切っている。

「普通にダメだろ。猫を連れていくなんて。」

「きっと、役に立つぞ。俺なら、人が入れない場所にも入れるんだからな。」

俺は、昔読んだ、猫と一緒に事件を解決する推理小説を思い出した。

「……わかった。その代わり、青柳さんたちに見つからないようにな?」

俺は渋々、いや、ちょっとワクワクしながら、ムタの要求を承諾した。


 翌日の放課後――

「なんだか最近、せわしないな。」

担任の市川先生が、急いで帰ろうとする俺を引き留めた。

「そうですか?遅刻をするのと、せわしないのと、どっちが嫌ですか?」

「言っておくが、遅刻をしても、後悔するのはお前だけだぞ。」

「あ、確かに…っと、すんません、先生!ちょっと用事があるんで…!」

先生の横を、走って通り抜けようとしたとき、肩がぶつかってしまい、先生が抱えていたファイルが床に散らばった。

「まったく…何してくれてんだ…」

「すんません…すぐ、片づけます…!」

散らばったテストの答案用紙や、資料などをかき集めていたとき、クリアファイルから僅かに飛び出した新聞記事が目に入った。

「これって……」

俺がクリアファイルを拾い上げようとしたとき、先生がそれを遮った。

「お前は、プリント類をまとめてくれ。こっちは俺がやる。」

俺には、新聞記事の見出しがはっきりと見えた。

間違いなく、十六年前の銀行強盗事件の記事だった――でも、どうして、先生がこんな記事を持っているのだろう。

もやもやしたまま、散らばった全てのプリント類を集め、廊下の窓の桟で整えてから、先生に手渡した。


 「ごめん、ムタ!遅くなった…!」


「何分待たせるんだ!この遅刻魔め!」

「ごめんって、ちょっといろいろあってさ…っていうか、ムタって、分単位で時間が分かるの?」

「あそこの中華料理屋の時計を見たら、一目瞭然だ!」

ムタは、時計の見方も知っているようだ。

本当に、何者なのだろうか?

「ほら、ボケっとしてないで、さっさと行くぞ!」

ムタに言われ、俺は背負っていたリュックにムタを詰め込み、再び背負った。

背中からは、どうしてこんな狭い場所に……と、ぶつぶつ文句を言う声が聞こえる。

俺はそのまま、青柳さんから教えてもらっていたマンションへと向かった。


 「颯介!こっちだよ。」

目的地のマンションを探し、きょろきょろしていた俺に、青柳さんが手を振っていた。

溝端刑事も一緒にいたが、やはり、面白くなさそうな顔をしている。

大家さんに合鍵を借りて、俺たちは後藤さんの部屋に入った。

間取りは2LDK。

玄関入り口から、廊下を真っすぐ進むとリビングとダイニングキッチンがある。

リビングは、人が住んでいたとは思えないほど、綺麗に片づけられていた。

片づけられていたというより、使われていなかったと言う方が、自然かもしれない。

テーブルやイスの背もたれは、埃を被っており、指でなぞると線ができた。

その代わり、廊下の右手にある書斎には、最近まで人がいたであろう痕跡が、多く残っている。

床にはたくさんの紙が散らばっていて、本棚にはマジックのネタ帳がずらりと並んでいた。


 一通り調べ終えた青柳さんと溝端刑事が書斎を出て行った隙を見計らい、俺はリュックからムタを出した。

「あああああああ~、息苦しかった~!」

ムタは前足を前に出し、背中を伸ばして、欠伸をしながら大きな声を出す。

「ちょっ……しーっ!聞こえたらどうするんだよ!?」

俺は焦って、小声でムタに言った。

「大丈夫だって。外で猫が鳴いてる、くらいにしか思わないさ。さて、ちょっくら捜査といきますか。」

そう言って、ムタは床に散らばった、たくさんの紙を器用に避けながら、狭い机の裏へと入っていった。

「そんなところ、何もあるわけないじゃん。」

「それは、どうかな?」

と聞こえたと思ったら、ムタが入っていった場所の反対側から、何かを口に咥えて出てきた。

「ほらな!普通の人が気が付かない場所には、何かあるってこった!」

――俺は目を見張った。

「銀行強盗計画……だって……?」

中身を見ると、そこには十六年前の銀行強盗事件の計画が書いてあった。

集合場所、時間、襲う銀行などが、細かく書かれていた。

だが、数ページ破られているところもあり、それ以上のことについては何も掴めなかった。

これがここにあるということは、昨日殺害されたマジシャンの後藤さんは、十六年前の銀行強盗事件の犯行グループの一人ということなのか?

となると、犯人と思われる『仮面の女』は、十六年前の事件に恨みを持つ人物?

それとも、犯行グループの一人?

いや、たまたま、という可能性だって、ない訳ではない。

思考を巡らせていると、ムタがさらに何かを咥えて持ってきた。

机の引き出しの裏側からはみ出していたといい、俺に一枚の紙を渡す。

そこには、暗号のようなものが書かれていた。

家と、その家の中にいる天使、さらに天使は赤ん坊を抱えている。

その隣には、木と下向きの矢印。

一体、何を示した暗号なんだ?

「これが、猫の力!!」

満足げなムタを再びリュックにしまいこみ、俺は青柳さんの元へ行った。


 「よく見つけたね。この十六年前の銀行強盗事件はほぼ手掛かりがなくて、随分前から警察も諦めモードになってしまってたんだよ。今になって、こんなものが見つかるとは……こっちの暗号も、気になるね……」

その横ではやはり、溝端刑事が不服そうな顔をして、こちらを見ていた。


 青柳さんたちと別れ、人気のない路地でリュックを開けた。

「な?俺を連れてきて、よかっただろ?」

ムタは誇らしげに、そう言った。


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