仮面の女
楽しいマジックショーが一変し、恐怖のショーと化した。
まるで、推理小説の一節に出てきそうな状況に、俺は武者震いをした。
「怖いのかい?」
青柳さんは、そんな俺を見て、聞いてきた。
「怖くないよ。むしろ……」
青柳さんは、薄っすらと笑みを浮かべて、言った。
「さて、現場に行ってみようか。颯介。」
ドラマでは何度も見たことがあったが、人生で初めて、本物の遺体を見てしまった。
しかも、ものすごく間近で。
外からは、パトカーのサイレンの音が、微かに聞こえてくる。
青柳さんが呼んだ警察が、到着したようだ。
人間、いつ死ぬかなんて、誰にもわからないよな――
なんて考えていたとき、威勢のいい声が、現場に響き渡った。
「青柳警部!!どうしてこんなところにいたんです……んっ?この少年は!?ここは、立ち入り禁止だぞ!!」
大きな目をガッと見開き、ぎょろりとこちらを見る大柄の男。
「問題ない問題ない。僕がちゃんと、許可取ってるからさ。」
「そういうことなら、いいのですが……フンッ。」
大柄の男は、俺から目を逸らし、現場の遺体と向き合った。
「あの…青柳さん、俺、あの人に何かしちゃったかな…?」
「ああ、気にしないでいいよ。ただのヤキモチだからさ。」
青柳さんは、澄ました顔で答えた。
大柄の男の名前は『溝端』というらしく、青柳さんの部下で、腕が立つ刑事だそうだ。
「ただ……ちょっと困ってるんだ。僕のことが好きすぎるみたいで。」
何を言っているんだ、と俺は思ったが、すぐに納得することとなる。
「害者の名前は「後藤慎二」、四十八歳!側頭部に、銃創があります!マジックショーで使用されたハンドガンは本物でした!セーフティーは、始めから解除されていたようです!そして、自ら銃を発砲した模様です!念のため、ショーの出演者全員の硝煙反応を確認します!」
溝端刑事は、青柳さんに報告した後、俺の顔を見てドヤ顔をして言い放つ。
「青柳さんの横は俺のポジションだからな!!」
俺は、売られた喧嘩は、買うタイプだ。
「ふーん……それじゃ、どうして今日のマジックショーは、俺が誘われたのかなぁ。」
「こんのっ、クソガキ!」
「まあまあ、そのくらいにして。ちゃんと考えよう。この事件について。」
青柳さんは、静かに言った。
「さぁて、颯介。この事件、どう思う?」
青柳さんが俺に尋ねる横で、溝端刑事は不満そうな顔をしていた。
俺は、ショーのクライマックスから、後藤さんが倒れるまでの流れを思い返していた。
ショーのクライマックスの内容は、予め、決まっていたということ。
ハンドガンを持ってきたのは、アシスタントの女性であるということ。
アシスタントの女性から受け取ったハンドガンで、いつものように側頭部に銃口を突きつけた結果、死亡したということ。
「まだ、情報が足りないな。防犯カメラとか、硝煙反応について、聞いてもいい?」
俺はすっかり探偵気分になってしまい、青柳さんにお願いした。
「いいよ。好きに調査してごらん。僕が許可するよ。」
青柳さんは、涼しい顔をして、そう言った。
ショーで使用するハンドガンは、舞台裏の倉庫に保管してあったらしい。
そこには防犯カメラは設置されておらず、誰が最後に倉庫へ行ったかも、わからない状態であった。
そして、亡くなった後藤さん以外からは、硝煙反応は出なかったようだ。
――ということは、事故?それとも自殺?
いや、まず、事故というのはありえないだろう。
多くの観客がいるマジックショーで、本物の銃を使うわけがない。
モデルガンを使用するはずだ。
他殺の線でも、考えてみる必要がありそうだ。
ハンドガンを後藤さんに渡したアシスタントの女性は、倉庫の手前で、恐怖に震えていた。
「私じゃない!私じゃない!信じて……!」
女性は、俺に向かって叫ぶように言った。
俺は、申し訳なさを感じながらも尋ねた。
「ちょっとだけ、聞かせてください。ハンドガンについてなんですが、後藤さんに手渡す前は、あなたが最後に触ったんですか?」
「そうよ……でもあの銃、私が手に取る前に、仮面を付けた女性が取り替えていたの。セーフティー…?とかいう部分が、壊れてたからって言ってたわ。私は見てただけよ。」
「そんな怪しい人、どうして放っておいたんだよ!?」
恐怖に震える女性に対しては、相応しくなかっただろうと後で反省したが、俺はつい、強い口調で言ってしまった。
「……っ仕方ないじゃない!マジックショーよ?誰かが仮面を付けていたって、何もおかしくないわ!今日のアシスタントは、みんな日雇いだったのよ。演者だと思うのが普通だわ!」
女性も、強い口調で反論した。
「それだったら肝心の、仮面を付けた女性は、今どこにいるんですか?」
「それが、その……そんな演者、いなかったみたいなの……」
女性は、先ほどまでの強い口調とは裏腹に、弱々しく言った。
俺は最初、他殺だとしたら、先ほどのアシスタントの女性が怪しいと思っていたが、話を聞いて、犯人ではないと確信した。
アシスタントの女性は、銃に詳しくなかったからだ。
『セーフティー』の意味を、恐らく知らない。
ちなみに、セーフティーというのは、銃の安全装置のことである。
そんな人に、あらかじめセーフティーを外しておくことなんて、できないはずだ。
そしてもう一つ、確信したことがある。
――これは事故でも自殺でもなく、他殺であるということだ。




