マジックショー
それからというもの、俺とムタは頻繁に会うようになった。
それは決まって、陽が沈み、月が昇る頃。
児童養護施設の入り口から、正面玄関に向かって左側にある、二人掛けの白いベンチで。
ムタは、俺の住んでいる児童養護施設の場所も知っていたという。
初めて俺に声をかけた日に、後をつけていたらしい。
まさか、猫に後をつけられているとは、誰も思うまい。
ムタに関しての手掛かりは、未だに掴めずにいる。
唯一分かったのは、行く先々で、ムタの呼び名が違っているということ。
「やあ、颯介。と、チョビ!?どうしてチョビがここに!?」
児童養護施設のベンチでムタと話していると、青柳さんがやってきた。
「え、チョビって何?……あ、もしかして、この猫のこと?」
「そうそう。警視庁の近辺で何度か見たことがあってね。交通課の女子たちがよく飯をやっていたな。懐いていたのか、よく来ていたみたいだよ。それで、チョビっていう名前を付けたんだって。」
「チョビ」って何だ?と思ったけれど、恐らく、模様のことだろう。
ムタは、白毛ベースで、顔の黒毛が額から鼻筋を境に分かれている、いわゆる『はちわれ』と言われる柄だ。
そして、鼻の部分も黒く、まるでちょび髭のような模様をしているのだ。
「確かにそうだ、チョビと呼ばれていたこともあったな。いつも、美味い飯をくれたんだよ。あの場所も何か居心地がよくてな……。」
「あぁ、そうだった、颯介。明日、一緒にマジックショーに行かないかい?」
ムタが喋っている横で、青柳さんが俺に言った。
行くと返事をすると、青柳さんは俺にチケットを手渡して、後ろ手に手を振りながら去っていった。
「なんだか、飄々としたやつだな。」
ムタは、だんだん遠ざかる青柳さんの背中を、目で追いながら呟いた。
翌日、俺が出かける準備をしていると、幸人が声をかけてきた。
「あれ、颯介、どこ行くの?」
「言ってなかったっけ、青柳さんとマジックショー見に行ってくる。」
「颯介は相変わらず、あの人の誘いは断らないよね。楽しんでおいで。」
「ん、行ってくる。」
俺はそう言って、部屋を出た。
児童養護施設の正面玄関に、二つの人影が見える――施設長と美魔女だ。
「あら、颯介くん。こんな時間にどこへ行くの?」
美魔女が俺に話しかけると、施設長もこちらに気がついて、心配そうに向き直った。
午後六時を回っていたからだろう。
俺ももう高校生なのだから、そんなに心配しなくても、と思ってしまうことがある。
反面、心配してくれる人がいるのはありがたいことだよな、とも思う。
「青柳さんとマジックショー見に行ってくる!けど、そんなに遅くならないから安心して。」
「青柳さんがいるなら安心ね。気を付けて、行ってらっしゃい。」
美魔女は笑顔で手を振った。
「また、青柳さんか…」
施設長は何か言いたそうにしていたが、時間にギリギリだったため、俺は施設長を尻目に、そのまま走って待ち合わせの場所へ向かった。
「やあ、颯介。今日はニ分の遅刻で済んだね。偉い偉い!」
青柳さんが、俺をからかうように言った。
「ごめん……走ったけど……今日も遅刻か……」
「大丈夫大丈夫、いつもみたいに十五分くらい遅れてくることを見越しての待ち合わせ時間だからね。」
「まじか……なんか、悔しいな。」
青柳さんは、俺を見て、楽しそうに笑っていた。
「青柳さん、今更だけど、俺でよかったの?彼女とかいないわけ?」
マジックショーの会場までの道程を歩きながら、青柳さんに尋ねた。
「ははっ、言ってくれるね、颯介。」
青柳さんは、秘密主義なのかもしれない。
昔から、肝心なことはあまり話してくれず、いつも有耶無耶にされてしまう。
かつて、青柳さんがバディを組んでいたという、赤川刑事の最期の話も――
「さて、もうすぐ到着だよ。」
そう言って、青柳さんはそれ以上の会話を拒んだ。
マジックショーは想像以上に大規模で、ステージは広く、観客も二千人ほどいたと思う。
俺たちは運よく、ステージから五列目のほぼ真ん中くらいの席で鑑賞していた。
ステージから離れた席にいる人たちは、ちゃんと見えているのだろうか――
それを考慮してか、人体浮上や、遠く離れた場所からの瞬間移動、剣刺しからの脱出など、遠くからでも分かるような、大規模なマジックが多い気がした。
マジックというものを、テレビでしか観たことがなかった俺は、完全に見入ってしまった。
その界隈では、かなり有名なマジシャンらしく、名前を聞いたことがある程度だが、俺も知っていた。
そして、このマジックショーのクライマックスは、ハンドガンで頭部を打ち抜いたように見せ、その場に倒れこむと同時に消える、というパフォーマンスらしい。
いよいよ、マジックショーはクライマックスを迎えようとしていた。
マジシャンが、ステージ上の簡易カーテンの中に立った。
アシスタントが舞台袖から、ハンドガンを乗せたトレーを持って、歩いてくる。
マジシャンはそれを受け取り、自らの側頭部に銃口を突きつけた。
「パアンッ」
ホール内に響く銃声と共に、マジシャンが倒れ込み、カーテンが閉まった。
客席からは、歓声が上がった。
俺も、周りの観客と一緒に、歓声を上げていた。
しかし、その歓声はやがて、悲鳴へと変化することになる。
カーテンが開くと、本来であれば、そこにいないはずのマジシャンが、倒れ込んだままだったのだ。
よく見ると、マジシャンの側頭部から、どくどくと血が流れ、水たまりのようになっていた。




