【番外編】その三
俺が孤児院に遊びに行った日のこと。
夕飯を食べ終わり、帰ろうとする俺の袖を、美紗が引っ張り、引きとめた。
「颯介、都市伝説とか興味ない……?」
美紗は目を輝かせながら、俺に聞いた。
「都市伝説?内容にもよるな……」
「それって、怖い話?それだったら僕は席を外させてもらうけど……」
幸人は怖い話は聞きたくないと言った。
「怖い話ではないわ。満月の夜になると、私の高校の図書館に隠し扉が現れるらしいの。その隠し扉を開くには、暗号を解かなければならないんだって。」
「ふーん。すげぇ面白そうじゃん。行こうぜ、美紗の学校。今日はちょうど満月だしな。」
俺はわくわくしていた。
「えー。これから行くの?夜の学校ってだけで怖いんだけど……」
「幸人はここで待っててもいいのよ?」
「いや!なんか悔しいから、僕も行くよ。」
「図書室の鍵なら、借りておいたわ。守衛さんにはどうしても本を借りたいと言えば、学校には入れてくれると思うから。」
俺たちは早速、美紗の通う学校へと向かった。
美紗の言う通り、学校内には簡単に入ることができた。
校内は当たり前だが薄暗く、少し気味が悪かった。
図書室は正面玄関から入り、右側に真っすぐ進んだ場所にあった。
美紗が予め借りていた鍵で、図書館へ入る――円形の立派な図書館だ。
壁一面に本が並び、壁に並ぶ本以外にも、本棚がたくさん置かれている。
「それで、この図書館のどこにあるんだ?隠し扉は。」
俺が聞くと、美紗は言った。
「話によれば、壁のどこかに、一ヵ所だけ満月の光が漏れている場所があるはずよ……」
俺たちは入り口から壁に沿って、ゆっくりと歩いた。
「あった!」
俺は一ヵ所だけ満月の光が漏れている壁を見つけた。
そこにも、びっしりと本が並べられている。
他の壁とは違い、天井にはレールが見え、隙間があった――この隙間から、満月の光が漏れていたのだろう。
俺はその壁を右にスライドさせてみた。
すると、その壁の向こう側には広い空間が広がっており、さらに大きな扉があった。
この広い空間には、いたるところに埃が積もっている。
「これが隠し扉ね……暗号というのは何かしら?」
「右側の黒板に何か書いてあるよ。」
幸人が言った。
その黒板を見ると、暗号のようなものが書いてある。
「私の好きな本たちをここに納めたまえ……?」
俺は書いてあったことを音読した。
「どうやら、この小さな本棚の中に、該当する本を入れればいいみたいだね。」
幸人が言った。
暗号のようなものには続きがあり、小さな本棚の中に納める本のヒントが書かれていた。
ヒントその一:○を犯せば、○がくだる。僕の気持ちは上ったり下ったりだ。
ヒントその二:○腹の友に裏切られた。
ヒントその三:敷かれたレールの上を行くだけではつまらない。○○○○のようにはなるまい。
ヒントその四:あの日から人が嫌いだ。そんな僕は失格だ……○○○○。
幸人は読書が好きで、一般常識の問題に出てくるような小説は読破している。
「割と簡単だね。僕にはわかったけど、もっとヒントいる?」
幸人は得意気に言った。
「いや、あと十分待って!」
俺は悔しかったが、美紗は幸人から答えを教えてもらっていた。
十分が経過した――
「どうする?颯介?」
「……教えてくれ。」
俺がギブアップすると、幸人が話し始めた。
「まず一冊目と二冊目はドストエフスキーの罪と罰、上下巻。三冊目は夏目漱石の心。四冊目はヘルマン・ヘッセの車輪の下。五冊目は太宰治の人間失格。だと思う。颯介、探して持ってきて。」
俺は幸人に言われるがまま、五冊の本を探して持ってきた。
「順番もこのヒント順に入れてみて。」
「わかった。」
俺は罪と罰の上下巻、心、車輪の下、人間失格を左から順番に本棚に入れた。
「ガシャン!!」
大きな音が聞こえた。
扉の鍵が開いたのだろう――俺たちは扉の前に駆け寄って、息を飲んだ。
「颯介、開けてみてよ。」
幸人が俺に言った。
「いや、ここは美紗だろ?な?美紗。」
「わかったわ……!」
美紗はそう言って、扉のノブに手をかけた。
美紗が勢いよく、扉を開く――するとそこには、気味の悪い空間が広がっていた。
黒魔術とかで使いそうな、骸骨の模型や蝋燭立て、床には黒い魔法陣が書かれている。
これは何だ――?
俺と幸人は今すぐにでも、ここから出たいという気持ちだったが、美紗だけは目を輝かせていた。
「何かしら?学校にこんな場所があったなんて知らなかったわ……!」
美紗はずっとはしゃいでいる。
すると、外から足音が聞こえてきた。
どこか隠れる場所はないかと、俺と幸人は必死だった。
慌てふためいていると、黒いフードを被った人たちが三人ほどやってきた。
「うわああああああ、ごめんなさい、ごめんなさい!」
俺と幸人は、とりあえず謝った。
「あら、黒魔術部の方たちではありませんか?」
美紗が冷静に言った。
「そうだが……君たち、どうしてここに?」
「ごめんなさい。図書館に隠し扉が現れるらしいという都市伝説を聞いて。気になって……」
「なるほど…ここの場所がばれるとは思わなかったから驚いたよ。」
黒魔術部の部長とやらはそう言って、俺たちは特に咎められることなく、学校を出た。
隠し扉の暗号は、黒魔術部に入部した部員だけに知らされる、代々言い伝えられてきたものらしい。
三十年前くらいにできた部で、なかなか歴史のある部活であることに俺は驚いた。
「まさか、黒魔術部の人たちの隠し部屋だったなんてね。」
美紗は嬉しそうにしていた。
俺と幸人は気が気ではなかったため、げっそりとしていた。
こんなに疲れたのはいつぶりだろうか……




