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満月の夜に猫は微笑む  作者: 涼木あきこ
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【番外編】その一

 ――僕はヒーローなんかじゃない。

そのことにはっきりと気が付いたのは、十六年前になる。

銀行強盗事件を計画して、僕はヒーローとは対となる存在になることができた。

だが、それだけでは満足ができなかった僕は、一番疎ましく感じていた、赤川を殺す計画を立てた。

あいつが僕の前から消えてしまえば、昂ったこの感情も少しは落ち着くと思った。

でも、僕に残ったのは「無」だった。

僕の中で出した結論は、赤川とはライバルになりたかったのかもしれない。

そういうことにしておこう――だって、まだこの気持ちが何なのか自分でもよくわからないのだから。


 颯介の面倒を見ていたのも、何故なんだろう?

今思うと、不思議に感じてしまうときもあった。

一番嫌いだったやつの息子だと知っていて、僕は十数年も面倒を見ていた。

多分、あの時、颯介に言った言葉が本当の気持ちなんだと僕は思った。

「颯介、君がまた赤川のような、僕と対になってくれる存在になるんじゃないかと思ったからだよ。」

颯介は幼い頃から、ヒーローになりたいと言っていた。

やっぱり親子だなと思って、心の中で笑った日もあったっけ……

結局、僕は何がしたかったのだろうか。

今はもう、後悔も何もないのだけれど。


 病院を退院してすぐ、僕は牢に入れられた。

何も悲しくはなかった――だって、ずっと憧れていた、ヒーローとは逆の存在になれたのだから。

だが、赤川正史が目を覚まして、息子と再会したと聞いたときは、胸が熱くなるのを感じた。

この気持ちは一体何なのだろう――抑えきれない何かが僕の中で燃え上がっているのだ。

気が付いたら、僕は見張りから牢の鍵を抜き取って、こっそりと牢を出てしまっていた。

監視カメラをすり抜けるのは得意技だ。

しかも、元警察官となれば、内部の構造は把握しつくしている。

裏口を通って、僕は無事、脱獄することに成功した。

元警察官として、脱獄したことがばれたときの罰も知っているが、どうにも抑えられなかった。


 なんでこんなことをしているんだろう。

自分でも訳が分からなかった。

でも、赤川に会いに行かなければならないような気がした。

僕は赤川の家を知っていた――若い頃、よく通っていたからだ。

あいつのことだ――僕がこうして脱獄をする前に、牢まで会いに来てくれていたかもしれないが。

「ピンポーン」

僕はインターホンを押した。

「ガチャ」

出てきたのは、赤川だった。

「青柳!?何でここに!?牢屋に入ったって聞いたけど……まさか、また俺を殺しに来たのか!?」

「違うよ。落ち着いて。話をしに来たんだ。赤川と。」

「まあ、いっか。わかった。銃とか持ってきてないよな……?」

「安心してよ。持ってないから。」

僕は何も持っていないということをアピールした。

赤川は僕への警戒心がかなり強くなっているようだ。

それも当たり前か――十六年前に爆弾で殺されかけているわけだから。

当時の僕は、赤川を殺してやろうと思う反面、心のどこかで、殺してしまうのも惜しいと思っていたのかもしれない。

本当に殺したかったのなら、カウントダウンなしで直ぐに爆破できたはずなのだ。


 僕は気が付くと、赤川の家に上がり込んでいた。

目の前にコーヒーが出されていたのにも気が付かなかった――赤川が入れてくれたのだろうか。

「で?お前は結局、あの時、何がしたかったんだよ?」

赤川に質問されてしまった。

「ヒーローとしてのお前が鬱陶しかった。ヒーローとしてのお前を殺したかった。だから、僕の前から消えてほしかった。それだけの話。」

「お前が殺したかったのは、「俺」じゃなくて「ヒーロー」ってことだったんだな。で?こうして俺、復活しちゃったけど、どうなのよ?まだ鬱陶しい?殺したい?」

「そんなの、わざわざ聞かなくても分かるだろう?」

質問をし続ける赤川に、僕は茶を濁した。

「ヒーローを続けるってことは、僕のような敵を増やすことにもなる。その覚悟はできてるんだろうね?」

「ああ、そんなのとっくのとうに出来ているよ!言われなくてもな!」

僕は思った――やっぱりこいつとは合わないと。

でも、なぜか嬉しく感じてしまっている僕もいた。


 「警察まで送り届けてやろうか?」

赤川が僕に言った。

「心配するなよ。ヒーロー。」

僕はそう答えて、赤川の家を後にした。

このまま、来た道を戻れば、待っているのは牢獄だ。

僕をヒーローではないと証明してくれる牢獄が待っている。


 だめだ……この高揚感はなんだろう?

赤川というライバルが復活してくれたことへの喜びなのだろうか?

赤川と話したら、ちゃんと戻ろうと思っていたのに――

気が付いたら、僕は脱獄犯として指名手配されてしまっていた。

だが、何も嫌なことはなかった――寧ろ嬉しかった。

またこうして、赤川が追う側、僕が追われる側で遊ぶことができるのだから……!

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