新たな日常
それから一ヶ月後――
赤川刑事……いや、父さんは無事に退院し、再び警察署で働くこととなった。
だが、まだ現場には出してもらえないらしい。
「もうこんなに動けるのになぁ!おかしいだろ?聞いてくれよ、颯介!」
俺は父さんの家に引っ越し、今は一緒に暮らしている。
割と大きな一軒家で、母さんも生きていた頃、一緒に住んでいた家だと聞いた。
児童養護施設から出たのは初めてで、自分だけの部屋を持つというのも新鮮な気がした。
だが、少し寂しい気持ちもあった。
今でも時々、部屋に戻ると幸人の名前を呼んでしまうことがある。
それと、父さんと合意の上で、猫を飼うことになった。
俺と父さんが出会えたのは、この猫のお蔭であるからだ。
「な!ムタ!」
俺はちょび髭のような柄をした猫の頭を、ワシャワシャと触ってから、家を出た。
ずっと外で生活してきた猫だし、急に外に出られなくなるのもかわいそうだからと、ペットドアもつけた。
しかし、俺たちが家にいる間は、なぜかずっと家にいる。
出かけている間に、遊びに行ったりしているのだろうか――
新しい家から、学校へ行く道もようやく覚えた。
ムタと出会った通りはもう使っていないが、懐かしくてたまに寄り道してしまうことがある。
「幸人!おはよう!」
俺は学校の下駄箱の前で、幸人にたまたま会った。
「颯介。今日はギリギリじゃないんだ。珍しい。」
「今日はムタに飯よこせって、起こされたからな……」
「ああ、あのちょび髭の猫か。飼うことにしたって言ってたっけ。いいじゃないか、起こしてくれるなんて。僕がいなくても大丈夫そうだね!」
幸人はそう言って笑った。
「あ、颯介。たまには児童養護施設にも顔出してほしいって、施設長と美紗とみゆき先生が言ってたよ。」
「まじで。じゃあ、今日行こっかな。」
施設長は青柳さんを刺したとして、一度逮捕されてしまったが、正当防衛が認められたことと、被害者が死に至らなかったという点で割とすぐに釈放された。
下校時、幸人と待ち合わせて学校を出ると、校門前に美紗が立っていた。
「他校の女子だ!」とうちの生徒たちは、騒々しくしていた。
一部では、「誰の彼女だ?幸人か?颯介か?いや、颯介はないだろ!」という詮索までされていたらしい。
俺たちは家族のようなものだ――そんな目で見られても困る。
「颯介。久しぶりね。あの賢い猫ちゃんは元気?」
「ああ、久しぶり。賢い猫って、ムタのこと?」
「そうそう。ムタちゃん。あの子、喋れるんでしょう……?」
俺は少しドキッとした――そうだ、美紗はオカルト好きでそういう話は信じるタイプだった。
「まあ、そんなこともあったな。あはは。」
「ほらほら、こんなところで立ち話してたら余計な噂が立つよ。早く帰ろう。」
俺が困っているのを察して、幸人が言った。
「颯介、おかえり。」
「颯介くん、おかえりなさい。」
「施設長、みゆき先生、ただいま。」
施設長と会うのは、施設長が釈放されたとき以来だ。
施設長はそのとき、俺に謝った――もう復讐はしない、と。
俺はすぐに父さんの家に行ってしまったから、ここに来るのは久しぶりだった。
とは言っても、まだ一ヶ月ほどしか経っていないけれど――
ここで過ごした十六年間のことを考えると、一ヶ月なんて、とてもちっぽけな気がしてしまう。
でも、これからの長い時間を、父さんと過ごせると思うと、わくわくしている俺がいる。
「颯介、今日は僕が餃子を作るから、好きなだけ辣油を入れるといいよ。」
「颯介、猫ちゃんのお話、もっと聞かせてほしいわ。」
「颯介の部屋はまだあるからね。何かあったらいつでも来なさい。歓迎するよ。」
「颯介くん、いつでも遊びに来てね。」
俺には家族と呼べる人が、こんなにもいる――幸せ者だ。
この時、ムタはペットドアから家を出て、外を歩いていた。
「あ、お前、この前の!」
茶トラのまるまる太った猫が、ムタに声をかけた。
「……えっと、こんにちは。」
「え、どうしたんだよ?前に会ったときは、もっとなんか、こう……」
「以前、お会いしているのね。主人が、迷惑をかけなかったかしら。」
「何言ってるんだ、お前……?」
茶トラのまるまる太った猫は、意味が分からないといった様子で、そそくさと去ってしまった。
「……私の役目は終わった。これからは、二人一緒に幸せに暮らせますように。」
俺が家に帰ると、リビングには誰もおらず、真っ暗だった。
カーテンの隙間から僅かに漏れる光に導かれ、俺はカーテンを開いた。
すると、空には大きな満月が輝いている。
見とれていた俺の足に、何か温かいものが触れた。
足元を見ると、満月の下、目をキラキラさせたムタが微笑んでいた。
いつになるかわからないのですが、番外編をいくつか考えております。
もう少しお付き合いいただけますと幸いです。
ここまで、本当にありがとうございました。
もしよろしければ、感想などお聞かせいただけますと嬉しいです。




