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満月の夜に猫は微笑む  作者: 涼木あきこ
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驚愕の事実

病院へ到着すると、入り口で溝端刑事が待ち構えていた。


腕を組み、落ち着きなく足を鳴らしている。


「おお、来たな!ほら、早く行くぞ!」


俺の姿を見つけるや否や、俺の腕を掴んで足早にどこかへ歩いていく。


「ちょっ、少しくらい説明してくれてもいいだろ!?」


俺は溝端刑事の手を振り払いながら言った。


「説明は後だ!とにかくついてこい!」


有無を言わせない勢いだった。


ここまで慌てている溝端刑事を見るのは珍しい。


何かあったのだろうか。


幸人か、施設長か、それとも青柳さんか――嫌な想像ばかりが頭をよぎる。


俺は不安を抱えたまま、溝端刑事の後を追って病院の中へ入った。




気がつけば、そこは幸人の病室でも、青柳さんの病室でもない、見覚えのない病室の前に連れてこられていた。


「俺はここで待ってる。行ってこい」


溝端刑事はそう言った。


「行ってこいって言われても……誰の病室なんだよ?」


「行けば分かる」


溝端刑事は一拍置いて、「……多分」と付け加えた。


「おい」


俺は思わずツッコミを入れる。


だが溝端刑事は聞こえないふりをして、俺の背中を押した。


俺は渋々、誰がいるのかわからない病室のドアを開けると、そこには一人の男性が座っていた。


四十代くらいだろうか――見覚えはない。


だが、その人は俺を見るなり、どこか懐かしそうに微笑んだ。


「颯介。来たか」


優しい声だった。


「まずは……久しぶり、と言っておこうか」


その言葉に、俺は眉をひそめた。


「……誰?」


俺が率直に聞くと、男性は楽しそうに笑った。


「ははは。分からなくて当然だ」


そう言って肩をすくめる。


「無理もない。ついこの前まで、猫としてお前の隣にいたんだからな」


「……え?」


一瞬、思考が止まった。


何を言われたのか理解できない。


だが、その話し方には確かに聞き覚えがあった。


「もしかして……ムタなのか?」


俺は、そんなことがあり得るのだろうかと思いながらも、それ以外に思いつかなかった。


「その通り。というか、もう猫じゃないんだ。ムタと呼ぶのはやめろ!」


言い方、偉そうな態度、間違いない――本物だ。


俺はしばらく言葉を失った。


事件が解決したと思ったら、今度は父親が生きていたというこの状況について、頭が追いつくはずもなかった。


「でも……どうして」


ようやく絞り出した声は震えていた。


「父さんは十六年前の爆破で死んだはずじゃ……」


「世間的には、な」


そう言って窓の外へ視線を向けると、そのまま話を続けた。


「確かに俺は爆破に巻き込まれて行方不明……ということになっていた」


「どういうことだよ?」


俺は身を乗り出した。


「お前も知ってるだろう?焼け落ちた倉庫の中からは、何も見つからなかったと」


「でも青柳さんは言ってた。赤川を消したって」


すると父さんは苦笑した。


「その『消した』の意味が違ったんだろうな」


そして俺を見る。


「颯介。あの夜、青柳は何て言っていた?」


俺は記憶を辿った。


青柳さんが十六年前の真相を語った時の言葉を。




「指定された場所に向かった父さんは、どうなったの?」


「僕は近くのビルから望遠鏡で見ていた。君を抱いてね。倉庫の中へ入っていく赤川をしばらく見て、爆弾を見つけた頃合いを見計らってタイマーを起動したんだ。あとの説明はいらないだろう?」




――俺は思わず息を呑んだ。


青柳さんは、父さんが死んだとは一言も言っていなかった。


「そうか……ヒーローを消した、ということか」


「まあ、そんなところだろうな。実際、俺はその後ずっと意識不明だったし、刑事としては死んだも同然だった。まあ、俺にも青柳の本心までは分からんよ」


どこか複雑そうな表情で発されたその言葉に、俺は青柳さんの最後の顔を思い出した。


あの寂しそうな笑顔を。




「でも、どうして生きているって公表しなかったんだ?」


父さんは少し考えてから答えた。


「犯人に、俺が死んだと思わせるためだ」


その声は静かだった。


「爆破の影響で俺も数日前まで意識不明だったらしい。十六年間ずっとな」


「十六年……」


改めて聞くと現実味がなかった。


「颯介を誘拐して、俺を殺そうとした犯人のことを知っていたのは俺だけだった。当時の警察は、まさか犯人が警察内部にいるなんて思っていなかっただろうから、ずっと警察病院で匿われていたらしい」


俺はようやく全てを理解した。


「それじゃあ……青柳さんも知ってたんだな」


父さんは頷く。


「ああ。そういうことになる」


その答えを聞いた瞬間、胸の奥が少しだけ痛んだ。


青柳さんは父さんが生きていることを知っていたのにも関わらず、十六年間何もしなかった。


それは執着だったのか、諦めだったのか、あるいは――。


答えの出ないことだと思い、途中で考えることを放棄した。




しばらく沈黙が流れたあと、俺はずっと気になっていたことを口にした。


「なあ、ムタだった時の記憶って残ってるのか?」


「もちろんだ。残ってなかったら、お前を見ても誰だか分からんだろう?」


「確かに」


そして、もう一つ、最後の疑問を口にした。


「なんで父さんは猫になったんだと思う?」


父さんは天井を見上げた。


「さあな。ヒーローとしての執念かもしれん」


そして小さく笑いながら言った。


「いや――魔法かもしれないな」


「魔法?」


「十六年前の事件を解くための、な」


「あはは!実は俺も、同じこと考えてた」


それから俺たちは、失われた十六年を少しでも埋めるように、親子らしい時間を取り戻すように、たわいもない話を続けた。


次回、本編最終話となります。

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