運命
「なぁんだ。つまらないなぁ。」
青柳さんが、泣いている美紗を見ながら言った。
俺は、ただただホッとしていた。
美紗が本当に、青柳さんを殺してしまうかもしれないと思ったからだ。
俺だって、悔しくないと言ったら噓になる――母親を事件に巻き込み、父親を殺され、今も幸人が死にかけている。
でも、青柳さんを殺して復讐をしてほしいなんて、誰も思っていないはずだ。
「この世に死んでいい人間なんて、いないんだ!」
俺は前にムタが言っていた言葉をそのまま言った。
「あ、おい!お前っ!それ、前に俺が言ったやつ!」
ムタが隣で何か喋っているが、今は構っている余裕はない。
「その言葉……懐かしいよ。赤川が昔、よく言っていた言葉だ。僕はずっと、馬鹿馬鹿しいと思っていたけどね。……やっぱり君は、息子なんだなぁ。あいつの。」
そう言って、青柳さんは何故か少しだけ、悲しそうな顔をしていた。
「颯介……悪いけど、君には死んでもらうよ。これはね、十六年前から決まっていた運命なんだ。」
青柳さんは右肩を押さえながら立ち上がると、片手で拳銃を構えた。
「ごふっっ」
さっきまで、俺の目の前に立っていた青柳さんが、急に前方へ倒れこんだ。
その背後には、施設長が立ちすくんでいた。
施設長の手には、さっきまで美紗が持っていたはずの包丁が握られており、血が刃を伝ってぽたぽたと垂れている――
施設長も、復讐の機会をずっと伺っていた、と言っていた。
こうなることも想像ができていたはずなのに……どうして――
俺はとても悔しかった――しかも、俺を守るためでもあったと思うと、余計に苦しかった。
「そんな顔をしないでおくれ、颯介。これは、私の運命だったのだよ。」
そう言った施設長は、その場にへたり込んでしまった。
復讐の機会を伺っていたとは言いつつも、施設長はとても優しい人だ――人を刺すという行為はショックが大き過ぎたのだろう。
俺の推測でしかないが、恐らく施設長は、最初は青柳さんを殺そうとは思っていなかったのではないか――?
「ははははは……なかなかに……楽しませてもらったよ……」
青柳さんはそう言うと、気を失ってしまった。
その後、急いで救急車と警察を呼んだ。
幸人は多量出血による意識不明の重体、施設長に刺された青柳さんはまだ意識があり、二人とも救急車で運ばれていった。
俺は事情聴取のため、幸人と一緒には行けなかった。
施設長は殺人未遂の容疑で逮捕されてしまったが、恐らく正当防衛が認められるはずだ。
一方、青柳さんの肩を刺してしまった美紗は、未成年であることと、正当防衛が認められて、事情聴取だけで済んだ。
「ひとまず、一件落着だな。お前、よく耐えたな。さすがは俺の息子!」
そう言って、ムタは闇に紛れて去っていった。
「おい、お前、どういうことだよ!青柳警部が犯人だって!?俺は…俺は信じないぞ!」
児童養護施設に着くなり、溝端刑事が俺に向かって言った。
「観念して、溝端刑事。証人もいるし、録音データもある。全部話そうとすると超長くなるんだけど、聞きたい?なんたって、十六年前のことから話さないといけないからさ。」
「むうっ!?全部聞かせてもらうぞ!当たり前だろう!?」
俺は、十六年前の事件と今回の事件について、青柳さんが裏で暗躍していたことを、溝端刑事に話した。
溝端刑事は最初こそ、なかなか信じてくれなかったが、最終的には信じてくれたようだ。
録音データがあってよかったと俺は思った――なかったら、信じてもらえなかったかも。
どんなことが起こっても説明できるように、スマートフォンで一部始終を録音していたのだ。
話をし終わる頃には、妙に納得したような顔をしていた。
「そうか……青柳警部は時々、物思いにふけっているようなときがあったんだ。赤川刑事のことやお前のことで、いろいろと考えていたのかもしれない。くそっ、青柳さんがお前のことをずっと考えていたのは解せんがな!」
相変わらずな溝端刑事に、俺はなんだか少し、安心してしまった。
「溝端刑事、青柳さんのこと、見損なわなかった?」
俺は気になっていたことを、包み隠さず聞いてみた。
「……見損なったよ。警察の人間が罪を犯すなんて、最大のタブーだ。……でも俺は、あの人が警部としてちゃんと働いているところしか見たことがない。仕事をさぼっていたわけでもないし、この話だって、録音データがなければ信じられないくらいだ。……警部として、すごく尊敬していた。その事実は変わらないな。」
溝端刑事は、鼻をこすりながら笑った。




