隠れた復讐心
俺の宣戦布告を聞いた青柳さんは、口元をゆっくりと歪めた。
まるで待ち望んでいた言葉をようやく聞けたかのような、満足げな笑みだった。
「嬉しいよ、颯介。そう言ってくれて。僕はきっと……赤川からも、その言葉を聞きたかったのかもしれないね……」
その声には、わずかな寂しささえ滲んでいた。
「青柳が……まさか、こんな感情を抱いていたなんて……。どうして当時、何も気づいてやれなかったんだろう……」
ムタは苦しそうに呟いた。
自分自身が青柳さんに爆弾で殺されたというのに、その声には怒りよりも後悔が混じっている。
俺は改めて思った。
赤川刑事――いや、俺の父さんは、本当にヒーローみたいな人だったのだろう。
だからこそ、誰かの心の闇に気づけなかった。
いや、違う。
気づけなかったのではなく、気づけるはずがなかったのだ。
青柳さん自身ですら、自分の感情の正体を理解するまでに長い年月を必要としたのだから。
「幸人っ!幸人っ!」
俺は何度も名前を呼んだ。
今にも消えてしまいそうな親友を前に、祈ることしかできない自分が情けなかった。
「あははっ!どうだい?目の前で大事な人が死んでいく姿を見るのは!僕のことを殺したい、本当はそう思っているんだろう?」
青柳さんは楽しそうに笑いながら俺を煽るように言った。
吐き気がするほどに、その笑い声が耳障りだった。
「ダ……メだよ……颯介……挑発に……乗った……ら……」
幸人がかすれた声で言う。
苦しそうに息をしながら、それでも俺のことを気遣っていた。
「喋るな、幸人!待ってろ!俺が必ず……!」
言葉の続きが出てこない。
助ける――そう言いたかったが、その方法が見つからない。
「颯介!!僕を殺したいんだろ!?ほら、言ってみろよ!!」
青柳さんが大声で叫んだ。
その瞬間――本当に一瞬の出来事だった。
美紗が弾かれたように、青柳さんの方に向かって駆け出し、後ろ手に隠し持っていた包丁を振り上げた。
「はあああああああああああああああああ!!!!!」
悲鳴にも似た叫び声と共に、美紗は青柳さんへ飛びかかった。
そして、包丁が青柳さんの右肩へ深々と突き刺さる。
「ぐあぁぁぁあああぁぁぁあぁぁあ!!!!!」
獣の断末魔のような叫びが夜に響き渡った。
青柳さんは肩を押さえ、その場によろめく。
「美紗!!!!!」
美紗の目を見た俺は、思わず叫んでいた。
そこにあったのは怒りでもなく、悲しみでもない――はっきりとした殺意だった。
俺は息を呑んだ。
十六年前の真相を知ってから、美紗の様子がおかしいことには気づいていた。
幸人も同じだったはずだ。
だが、その心の奥に、これほど激しい復讐心が渦巻いていたとは想像もしなかった。
美紗は包丁を握り直す。
その刃先は真っ直ぐ青柳さんへ向けられていた。
「許さない!許さない!許さない!許さない!許さない!」
一言ごとに積み重なった十六年分の憎しみが溢れ出す。
美紗は再び包丁を振り上げた。
「美紗!!!止めろーーーーーー!!!!!」
だが、美紗の腕はもう振り下ろされていた。
間に合わない――そう思った瞬間だった。
俺の真横を何者かがすり抜け、風が吹いた。
「美紗ちゃん!ダメよ!目を覚まして!!」
駆け付けたみゆき先生が、包丁を持つ美紗の手を掴んで止めた。
「どうして……?どうして止めるんですか?幸人も、幸人のお父さんも、颯介のお父さんも、私のお父さんも、先代の施設長さんも……みんな、みんな、この人のせいでいなくなったんじゃない……!!!」
美紗の声は震えていた。
怒りと悲しみと絶望が入り混じり、今にも壊れてしまいそうだった。
「待っ……て……僕は……まだ……生きてるよ……勝手に……殺さない……で……」
幸人が弱々しく呟いた。
「幸人は喋るなって!」
俺は、喋ろうとする幸人を制止した。
余裕があるはずもないのに、場を和ませようとしたのかもしれない――そういう男だ。
「どうして?どうしてみんな平気でいられるの?目の前に全ての元凶がいるのに!どうして!?」
美紗は泣き叫ぶように言った。
全てを知ったあの日から、ずっと誰よりも苦しんでいたのだろう。
「あははははは!いいね、美紗ちゃん。そういうの、僕、すごく好きだよ」
青柳さんは肩を押さえながら笑った。
血を流しているにもかかわらず、その笑みは不気味なほど楽しそうだった。
「私は大っ嫌い!私をあなたと一緒にしないで!」
美紗は大きな声で言い放った後、自分が何をしようとしていたのかに気づいたように目を見開いた。
「美紗。お前はそっち側じゃないだろ?俺たちの味方なんだろ?だったら、もう止めるんだ」
俺は静かに言った。
その言葉を聞いた瞬間、美紗は糸が切れた人形のように、その場へ崩れ落ちる。
「美紗ちゃん!」
みゆき先生が慌てて美紗を抱き留めた。
美紗は先生の腕の中で震えていた。
「みゆき先生……ありがとうございます……私を止めてくれて……本当に、ありがとうございます……」
そう言った途端、美紗の瞳から堰を切ったように涙が溢れた。
美紗の中で渦巻いていた怒りと悲しみが、ようやく解放されたかのように見えた。
美紗はみゆき先生の胸に顔を埋め、子供のように泣き続けた。




