宣戦布告
青柳さんが、俺に向かって発砲した瞬間、俺は反射的に目を閉じてしまった。
――撃たれた。
そう思った。
だが、数秒経っても痛みはやってこない。
あれ……?どこも痛くない――。
恐る恐る目を開くと、目の前の光景に息を呑んだ。
そこには、血を流して倒れている幸人の姿があった。
「おい、幸人っ!!幸人っ!!しっかりしろ……!!」
膝をつき、慌てて身体を抱き起こす。
仰向けにして傷を確認すると、脇腹が真っ赤に染まっていた。
俺をかばって撃たれたのだ。
すべてを理解した瞬間、頭の中が真っ白になった。
「……ほら、言ったでしょ……?僕が颯介を裏切るときは……颯介を守るときだって……」
幸人は苦しそうに息を吐きながら、それでも微笑んだ。
その笑顔が痛々しくて、胸が締めつけられる。
ショック症状が出始めているのだろう。
焦点の合わない瞳が、少しずつ虚ろになっていく。
額には冷や汗が滲み、身体は小刻みに震えていた。
「かわいそうに、幸人くん。本当は颯介が死ぬところだったのにねぇ」
青柳さんは、まるで面白い見世物でも眺めるように笑っていた。
その声を聞いた瞬間、怒りで頭が焼けそうになった。
「施設長!!今すぐ救急車と警察を呼んで!!」
俺は叫んだ。
施設長は慌ててスマートフォンを取り出す。
その時だった。
――パァンッ。
再び銃声が夜の静寂を裂いた。
放たれた銃弾は、施設長の手にあったスマートフォンを正確に撃ち抜いた。
砕け散った破片が夜闇に飛び散る。
「ちょっと待ってよ、颯介。まだ僕の話は終わってないんだよね」
青柳さんは不満そうに肩をすくめた。
俺はそんな声を無視し、必死に幸人へ向き直る。
少しでもショック症状を和らげようと、仰向けに寝かせたまま足を高く上げる。
ベルトを緩め、自分のパーカーを脱いで身体にかけた。
悔しかった。
無力だった。
神様がいるのなら――どうか幸人を助けてくれ。
俺はただ祈ることしかできなかった。
「今日から一緒に、ここで暮らすことになった幸人くんだ。みんな、仲良くしてあげてね。特に颯介、美紗。君たちは同い年だからね」
「みんな、よろしく」
幸人が初めてこの児童養護施設にやって来た日のことを、俺は今でも鮮明に覚えている。
幸人はみんなの前で笑顔で挨拶をしていたけれど、その目は笑っていないように見えた。
幼かった当時の俺は、その笑顔にどこか寂しさを感じた気がした。
そして幸人は昔から、自分のことより他人を優先する人間だった。
中学生の頃、俺はそのことを真正面から指摘したことがある。
今思えば、あの日が本当の意味で友達になった日だったのかもしれない。
「あのさ、お前、自分のことどうでもいいと思ってるだろ?」
俺は遠回しな言い方はせず、思ったことをそのままぶつけた。
その時の幸人の顔は忘れられない――本当に驚いたように目を丸くしていた。
「……うん。そうだね。誰かが笑っていれば、それでいいかなって。何か問題ある?」
その時も、顔は優しく笑っていながら、やっぱり目は笑っていなかった。
優しい言葉を口にしているのに、どこか自分自身を切り離しているような目だった。
「ダメだろ、そんなの。誰かの犠牲の上に成り立ってる『幸せ』なんて、俺は全然嬉しくねぇ」
「あはははははは!何それ、犠牲って!言い過ぎだよ……あはは!」
幸人は腹を抱えて笑った。
真面目に言ったつもりだったのだが、どうやら俺の言葉選びが妙にツボに入ったらしい。
でも、その時、作り物じゃない本当の幸人の笑顔を見た気がした。
「はは……僕がこんなだからさ。本気で話してくれる人って、いなかったんだよね」
それから幸人は、自分のことを少しずつ話してくれた。
閉ざしていた心の扉を、ほんの少しだけ開いてくれたような気がした。
あれが、幸人が俺に心を許してくれた最初の瞬間だったのかもしれない。
「幸人っ!しっかりしろ!絶対に助けを呼ぶから……!」
俺は必死に呼びかけ続けた。
青柳さんが何を話しているのか、耳にすら入っていなかった。
――パァンッ。
再び銃声が鳴り響く。
「僕の話を聞けよぉぉおおおお!!!!! 」
青柳さんが狂ったように叫んだ。
俺はゆっくりと立ち上がり、青柳さんを真っ直ぐ見据えた。
「俺、最初は思ったんだよ。青柳さんも何かに苦しんで、悩み続けた結果、こうなったんじゃないかって。だったら救えるんじゃないかって」
血に染まった幸人の姿が視界に映り、拳を強く握り締める。
「でも、俺の大事な人を何人傷つけたら気が済むんだ?」
一歩、前へ出る。
「俺を殺せば、昔みたいな快感が得られるのか?」
怒りと悲しみが、俺の胸の中で渦巻いていた。
「俺はもう、お前を救おうとは思わない」




