心中
俺は十六年前の事件を起こしたきっかけが知りたかった。
「青柳さん、十六年前の事件を思いついたのはどうして?青柳さんは、別にお金に困ってたわけじゃないだろ?」
「それはすっごくいい質問だね、颯介。極論を言うとね、刑事という仕事が、つまらなくなったからだよ。」
青柳さんは涼しい顔をしてそう言った。
「それで?青柳さんは満足したの?楽しかったの?」
俺は青柳さんを質問攻めにした。
「ああ。すごくいい刺激になったし、すごく楽しかった……僕はヒーローなんかじゃない、その時にそう確信した。」
青柳さんは空に浮かぶ月を見上げながら、そう言った。
「でも、僕はそれだけじゃ満足できなかった。」
「赤川と青柳コンビは本当に優秀だなぁ!」
当時の警部に言われる度に、何かが違うと感じていた。
褒められるのが嫌なのか――?
いや、そんなことはない。
自分の実績が、赤川の評価にもなっていることが嫌なのか――?
いや、そういうわけでもないはずだ。
始めのうちは、その感情がなんなのか、自分でもわかっていなかった。
様々な事件を赤川と解決していく度に、その感情はどんどん強くなっていった。
とあるひったくり犯を捕まえたときのこと、被害者の女性が言った言葉。
――「まるで、ヒーローね。」
その言葉を聞いて、僕がなりたいのはヒーローじゃない……と思った。
「満足できなかった……?銀行強盗事件を起こして……関係のない人を二人も殺して……先代の施設長も殺して……満足できなかった……?」
俺の怒りは、頂点に達していた。
幸人の父親を殺し、美紗の父親を殺し、施設長の父親のような存在を殺し、それでもまだ足りない?
俺の大事な人たちの人生を、尽く踏みにじっておいて――
気が付いたら俺は、持っていた懐中電灯を手放して、青柳さんの胸倉を両手で掴んでいた。
「あっははは!颯介にこんなことをされる日が来るなんてね。まあ、想像はしてたけどさ。十六年前から。」
そう言った青柳さんに、俺が殴りかかろうとしたその時――
「やめなよ。颯介。そんなやつ、殴る価値もないと思うけど。」
幸人と美紗が、青柳さんの後ろに見えた。
「幸人!?それに、美紗まで……」
俺は青柳さんを掴んでいた手を、パッと放した。
「おや、全員集合だね!ますます楽しくなってきたじゃないか!」
青柳さんが幸人と美紗の方を向いて、笑いながら言った。
「お前ら、どこから聞いてた……?」
「ごめん、全部聞いてた。颯介の様子がおかしかったから……美紗と一緒に、ついてきたんだ。」
幸人と美紗も、十六年前の真相を聞いていたらしい。
「改めて、教えてあげるね。僕が十六年前の銀行強盗事件を計画した首謀者だよ。幸人くん、それに美紗ちゃんのお父さんも、あの事件で死んじゃったんだよね……かわいそうに。」
青柳さんは、また他人事のように言った。
幸人のことは、俺は心配していなかった――俺よりもずっと大人だからだ。
心配なのは、美紗の方――芯をしっかり持ってはいるが、その芯が時々揺らいでしまうところがある。
美紗の方を見やると、涙を浮かべているのだろうか――目元が光って見えた。
幸人と美紗のお蔭で正気を取り戻した俺は、青柳さんに聞いた。
「満足できなかった後、どうしたんだ?」
「銀行強盗のときのような快感を、再び得たくなった。だから、赤川を殺す計画を立てたんだ。ちょうど奥さんを亡くして傷心状態だったけど、「妻のためにも、今できることをやるんだ」と銀行強盗事件の解決に躍起になっていた。それも、僕にとっては気に食わなかったんだよ。いつまでもヒーロー気取りでさ。」
「それで、赤川刑事――俺の父親をおびき寄せるために俺を使った、と。」
俺は青柳さんに言った。
「その通りだよ、颯介。」
青柳さんは続けた。
「僕は何度か、代わりに颯介の様子を見てきてほしいと赤川に頼まれていた。その時間を利用して、看護師のいない時間、監視カメラの位置を全て把握した。そして颯介、君を誘拐して、脅迫状を病室に置いたんだ。」
「『○○区△△の倉庫へ来い。さもなければ、子供の命はない。愛護屋』だっけ?」
俺は、ムタに聞いた脅迫状の内容を言った。
「なんでそれを、颯介が知っている……?あいつはもう、ここにはいないはずなのに……」
青柳さんは、明らかに動揺しているように見えた。
「それで?まだ全部聞いてないぜ。指定された場所に向かった父さんは、どうなったの?」
「僕は近くのビルから望遠鏡で見ていた。君を抱いてね。倉庫の中に入っていく赤川を暫く見て、爆弾を見つけたくらいのタイミングを見計らって、爆弾のタイマーをオンにしたんだ。あとの説明はいらないだろう?そして、数日後にこの児童養護施設の前に颯介を置けば、全行程終了、と。」
青柳さんはそう言った。
俺にはまだ聞きたいことがあった。
「それで、青柳さんの気は済んだの?俺の父さんを殺して、気が済んだ?」
「ははははは……颯介、君はいつもそう質問が多いね。……赤川を殺して、待っていたのは『無』だった。もっと快感が得られると思っていたのにね。さっきの話に繋がるんだけど、赤川は僕とは正反対の人だと思っていたんだ。一緒にいるのが、ものすごく苦痛だった。好きでこの仕事をしている赤川と、そうではない僕。」
「だから、赤川のことが鬱陶しかったんだと気が付いた。でも、その僕にとっての鬱陶しいものを排除したら、残ったのは『無』だったんだ。不思議だよね……そこで一つ、気が付いたんだ。僕は赤川のライバルになりたかったんだって。颯介にわかるように言うと、シャーロック・ホームズとモリアーティ教授みたいなね。」
青柳さんは俺に向かって、そう言った。
「青柳さんが今まで俺の面倒を見てくれてたのは、何で?」
「颯介、君が、また赤川のような、僕と対になってくれる存在になるんじゃないかと思ったからだよ。」
青柳さんが俺を見ていつものように、微笑んでいる。
「そうだな。俺は少なくとも、青柳さんのような刑事――人にはならないし、俺と対になる存在というのも認めない。俺はいつでも正しくありたいから。」
俺は、今思っていることを正直に話した。
「よく言ったぞ、息子よ!流石は俺の息子!」
ムタが言っているのが聞こえた。
俺は周りに気付かれないように、ムタにウインクをした。
「ははは……またそうやって、ヒーロー気取りか……颯介。それが気に入らないんだよ。」
青柳さんが狂気じみた顔をして、俺を睨みつけた。
「さっきから青柳さんの話、矛盾してない?ヒーローが存在しなければ、その対も何もないじゃん。父さんのライバルになりたかったんじゃないの……?」
俺はそう言った。
「颯介、いつからそんなに揚げ足を取るのが上手くなった……?生意気なんだよぉぉおおおぉ!!!!!」
青柳さんが隠し持っていた拳銃で、俺を捉えた。
「パアンッ」
「颯介!!!!!危ない!!!!!」




