首謀者と共犯者
俺はすぐには言葉が出てこなかった。
頭の中では様々な感情が渦を巻いているのに、そのどれにも名前を付けることができない。
ただ、その場に立ち尽くすことしかできなかった。
「どうしたの、颯介。失望しちゃった?……ヒーローじゃないんだよ!僕は!」
「どうしてだよ……」
ようやく絞り出したその言葉に、青柳さんは楽しそうに口元を歪めた。
「どうして……?はははっ。その『どうして』は何に対する『どうして』かな?」
青柳さんは肩を震わせながら笑う。
「とりあえず言っておくとね?全部、仕組まれていたことなんだよ。ま、僕が全部仕組んだわけだけど。みんなのヒーローであったはずの、この僕がね!」
そして細めた目を俺へ向ける。
「で、颯介。君は真実が聞きたいかい?」
怒りなのか、悲しみなのか、それとも裏切られた痛みなのか。
自分でも整理できない感情が胸の奥で暴れ回り、今にも涙となって溢れ出しそうだった。
――そのとき。
「覚悟ができたんじゃなかったのか?」
ムタの声が聞こえた。
その一言で、俺は我に返った。
そうだ、俺は全てを知る覚悟を持ってここへ来たはずだ。
真実を、この目で確かめるために。
「……全部教えてもらうぜ、青柳さん」
青柳さんは満足そうに笑った。
そして青柳さんは、二つの事件について語り始めた。
「十六年前の銀行強盗事件を計画したのも、今回の連続殺人を計画したのも僕。今回の連続殺人については、この年に実行することも決めていた。颯介、君を巻き込むためにね」
「俺を……巻き込むため……?」
「前に話しただろう?大人になると、楽しくなることを自分で作るしかないって」
青柳さんの声色が少しずつ熱を帯びていく。
「僕はヒーローになりたくて刑事になったんじゃない。刺激を求めて、刑事になったんだ……!」
その目には異様な光が宿っていた。
「それなのにあいつは……!赤川はヒーローでいることにこだわった」
憎しみとも嫉妬ともつかない感情が、その言葉の端々から滲み出ていた。
「君のことだから、もう気付いているとは思うけど、君は赤川正史の息子だ。君が高校生になった頃に、この事件を起こすことを決めていた。そして、十六年前の真実を自分で見つけたとき、君がどんな顔をするか見たかったんだ!」
青柳さんは大きく目を見開いて言い放つ。
まるで長年温めてきた最高の舞台を披露する演出家のようだった。
「なんてやつだ……」
ムタが低く呟く。
その声には怒りが滲んでいた。
俺は隣でこちらを見上げるムタを一瞬だけ見てから、再び青柳さんへ視線を戻した。
「なるほど。なんで今になって……と思ってたけど、そういうことか……続けて」
できる限り感情を押し殺して言う。
すると青柳さんは、少し拍子抜けしたような顔を見せた。
「まずは、十六年前の犯行グループの中でも、一番気性の荒かった篠原に話を持ち掛けた」
青柳さんはまるで昔話でもするように語り始める。
「後藤と大山が例の暗号を解いてしまったかもしれないと嘘を吹き込んだ上で、二人を殺して僕たち二人で五千万円を分けよう、と。篠原はすぐに話に乗って来たよ。殺害計画は二件とも僕が立てて、篠原に共有した。篠原の拳銃の腕前はすごいんだ。学生時代は海外で過ごしたそうだよ」
その語り口には罪悪感の欠片もなかった。
「酷い話だな」
ムタが吐き捨てるように言う。
「後藤も大山も、暗号は解けていなかったはずだ――大山については、もう関わることをやめると書いていた」
そして静かに続けた。
「それに、拳銃の腕を磨くのは人を殺すためではない……誰かを守るためだ……」
その言葉は、自分自身へ言い聞かせているようにも聞こえた。
「第一の事件、後藤さんをマジックショーの最中に殺したのも、そのマジックショーに俺を誘ったのも、事件に巻き込むためだったってわけか……続けて、青柳さん」
俺は感情を抑えながら話を促した。
「後藤の件はほとんど、前に颯介が言ってた通りだよ」
青柳さんは軽く肩をすくめた。
「篠原に仮面を付けさせ、マジックショーの演者の中に紛れ込ませる。監視カメラの場所も全て僕が把握して共有していた。どのカメラにも映らないようにね」
想像以上に周到だった。
「上手く事が運べば、アシスタントの女が容疑者として捕まる予定だった。だが、一つだけ想定外のことが起きてしまったんだ」
青柳さんは少しだけ残念そうに笑う。
「そのアシスタントの女に、銃をすり替えていたところを見られてしまった。篠原はすかさず銃の不調を説明したみたいだけど、アシスタントの女は銃の構造なんて知らなかった。後は仮面を外して、誰にも見られずに裏口から出て観客に紛れるだけ。簡単なトリックだろう?」
まるで手品の種明かしをしているかのように、青柳さんは楽しそうに話した。
俺の予想は、ほぼ正しかったらしい。
「次は、第二の事件だ」
俺は問いかける。
「大山さんをライブ中に殺した件について。青柳さんは、俺があそこへ行くことを知っていたのか?」
「大山の件は、本当にたまたまだったよ」
青柳さんは即答した。
「颯介から連絡があった時は、すごく驚いた。でも、ちょうどよかった。第一の事件と関連があるかもしれないって連絡する手間が省けたからね」
そして淡々と続ける。
「日程については、大山が野外ライブをやる日に合わせて実行することにしたんだ。銃声が聞こえて、大山がステージ上で倒れたら、観客は四方八方に逃げていくだろう?そこに紛れれば、撃った方も簡単に逃げられる。ライブとなれば後ろを気にする人はいないだろうし、見られることもないしね」
合理的すぎる計画だった。
「正面にいた大山にはダイイングメッセージを残されてしまったようだけど。まぁ、仮面を付けていれば少し距離があれば誰だか分からない」
青柳さんはそう締めくくった。
だが俺には、まだ引っ掛かっていることがあった。
「あの車についても教えてよ。目的は何だったの?」
俺が尋ねる。
「目的は、前にも話したように、大山の備忘録を処分するためさ。僕たちがマンションを出たら、入れ替わりで侵入させて処分させるつもりだった。まさか幸人くんたちに先に見つけられちゃうとは思ってなかったからね」
青柳さんは苦笑した。
「でも、万が一のことも考えていてね。颯介たちに先に見つけられたら、篠原には逃げるように言ってあった。予め合図を決めておいたんだ。逃走ルートを指定して、港へ追い込み、海へ飛び込むまで――全て僕の計算通りだよ」
そう言って青柳さんは微笑んだ。
その笑顔を見た瞬間、俺の中で違和感の正体が繋がった。
あのとき青柳さんは、真っ暗で顔も見えない状況だったにもかかわらず『あの仮面の女で間違いないよ』と言った。
――あのとき抱いた違和感について、考えようとしたこともあったはずだ。
どうして今まで気付けなかったんだろう。
「そして、篠原さんを最後に殺したのか。初めからそのつもりだったわけ?」
俺は静かに尋ねた。
「うん、そうだよ」
青柳さんはあっさり頷く。
「例の暗号が解けてから殺すつもりだった。施設長さんの部屋に盗聴器を仕込んだのは、僕だよ。施設長さんが『ガブリエル』と呟いたあの夜、颯介と別れた後にね。受信機は篠原に渡してあった」
そして盗聴器の話を語り始めた。
「思っていたより早く見つかっちゃったけどね。篠原は暗号が分かってすぐ、僕に何も言わずに児童養護施設へ下調べに来たんだ。僕が見張っているとも知らずにね。馬鹿だよねぇ」
青柳さんは嘲るように笑う。
「そう、颯介と車の中で話していたあの夜だよ。わざと見失ってあげたけどさ。あの後、篠原から暗号が分かったから会って話がしたい、と白々しく電話が来たよ。僕は港に向かって、篠原と会った。その時、篠原が僕に銃を向けたんだ。だから、正確には正当防衛だよ」
そう言った青柳さんの表情からは、何も読み取れなかった。
「篠原さんを殺してしまい、暗号の手掛かりがなくなった青柳さんは、俺を利用したってわけか」
「そうだよ」
青柳さんは迷いなく答える。
「颯介なら、僕を信じて教えてくれると思っていたからね」
その言葉が胸に刺さった。
「ねぇ、青柳さん……」
気付けば俺は口を開いていた。
「篠原さんを、一回でも仲間だと思ったことはなかったの……?」
答えは分かっていたが、それでも聞かずにはいられなかった。
「なかったよ。一回もね」
迷いも躊躇もない――その目は、まるで氷のように冷たかった。
ムタは何も言わず、そんな青柳さんをじっと見つめていた。
しばらくの間、静寂が俺たちを包み込んだ。
誰も次の言葉を見つけられず、夜風だけが静かに吹き抜ける。
「青柳さん、十六年前の銀行強盗事件についても、聞かせてもらえますか」
施設長のその言葉が、止まっていた時間を再び動かした。




