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満月の夜に猫は微笑む  作者: 涼木あきこ
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遺書

 施設長はこちらへ歩いてきて、青柳さんを追い越し、俺の隣に立って青柳さんと向き合う形で言った。

「私は、あなたが犯した過ちを、全て知っているんですよ。」

「ははっ、施設長さん、急に何を仰るんですか?」

二人はお互いの目を見て、逸らさない――異様な空気が流れていた。

どのくらい経過しただろうか?

暫くの間、その状態で沈黙が続いた。

先にその沈黙を破ったのは、施設長だった。

「この児童養護施設の先代である、『小林』を知らないとは言わせませんよ。」

「ええ。小林さん、もちろん存じてます。とても、心の優しい方でした。なのに何故、銀行強盗なんか……」

俺が二人の会話に入る余地はなかった。

「しらばっくれるのも、いい加減にしてください……!あなたが…!あなたが、先代を殺したんだ……!」

「待ってください。それは違いますよ、施設長さん。送検中の車内で、僕の拳銃を勝手に抜き取って、勝手に死んでいったんです。」

青柳さんは、いつもの調子で淡々と言った。

「ふざけるな!!」

施設長が大声を出したのを初めて聞いた俺は、つい、身体がビクッとなってしまった。

施設長は、ポケットから古びた封筒を取り出し、中に入っていた紙を広げた。

「これは、先代が私宛に残した遺書です。あの人は、自分が死ぬことを分かっていたんですよ。あなたに殺されると分かっていたんです。」

このとき、青柳さんの目つきが変わった。

施設長は、今にも泣き出しそうなほど、震えていた。

今思えば、それは悲しみではなく、目の前にいる人物に対する怒りだったのかもしれない。

施設長は、先代が残した遺書を、丁寧に読み上げ始めた。


 これを読んでいるということは、私はもう、この世にはいないのだろう。

勘の鋭い君には、薄々気付かれているのではないかと、毎日ハラハラしていたよ。

黙っていたけれど、この児童養護施設は、経営が少し傾き始めていてね。

私は色々な方面から、お金を借りてしまったのだよ。

君たちが学校に行っている間、毎日のように借金取りが金を取り立てに来た。

正直、そんな日々が憂鬱だったんだ。

そんなとき、ある男がこの児童養護施設を訪ねてきた。

青柳という男だ――青柳は、金がほしくないかと私に尋ねた。

大金が必要だった私は、内容も聞かずに二つ返事で引き受けてしまったんだ。

そして、気が付いた時には、銀行強盗の計画書が手渡され、後に引けなくなってしまった。

もし、誰かが捕まった場合は、死んでもらうと言われた。

だから私は、銀行から奪ったお金を埋める役を買って出て、君と私にしか分からない暗号を残し、わざと捕まることにする。

私が捕まったら、その暗号について、警察がここへ聞きに来るだろう。

その時に、その暗号を確認してほしい。

捕まった私を、どうやって殺すつもりなのかは分からないが――

もし、私が死んだという報告が入ったら、その暗号の場所に隠したお金を掘り出して、銀行に返してほしい。

この遺書を警察に見せれば、君が疑われることもないだろう。

そして、私が死ねば、保険金が降りるはずだ――そのお金で、借金は余裕で全額返済できる。

残りは、児童養護施設の維持費に使ってほしい。

最後に、君には道を外れてほしくない――絶対に、復讐など考えないでおくれ。

君には、幸せになる権利があるんだ――今まで以上に。

最年長の君には、今までたくさん迷惑をかけたね……すごく助かっていたよ。

私も君と出会って、とても幸せだった。

本当に感謝している――ありがとう。


 「しっかりと、あなたの名前も書いてあります。『青柳』と。十六年前、先代が亡くなった後に、あなたはこの児童養護施設を訪れましたよね。例の暗号を持って。刑事であると仰ったので、最初は同姓の別人だと思いました。」

「ですが、私は先代とあなたが話しているところを、一度だけ見たことがあったのを思い出しました。そこで、確信したのです。あなたが、先代を銀行強盗事件に巻き込んだ首謀者であると。先代も、さぞかし驚いたことでしょう。犯罪を持ち掛けてきた人物が、まさか刑事だったなんて。書いてある通りに、この遺書を警察に見せてしまったら、あなたにも暗号のヒントを与えてしまうことになる。それに、遺書に書かれた『青柳』というのも、『青柳』という苗字の人物はこの世に何人もいるし、ましてや警察の人間だ――誤魔化すことも出来てしまうと思った。私は身動きが取れずにいたのです。」

施設長は淡々と話した。


 その話を聞いていた俺は、ただただ驚いていた。

施設長は、十六年前から全てを知っていたということになる。

「施設長……全部知ってて、何で黙ってたんだよ。」

俺は気が付いたら、声に出して言ってしまっていた。

「そんなこと、決まっているじゃないか、颯介。先代を死に追いやった、青柳に復讐をするためだよ!私はずっと、復讐をする機会を伺っていた。ずっと、この日を待っていたんだ!暗号を解いて、青柳が一人で裏庭に来るこの日をね!『ガブリエル』と呟いたのも、ヒントを与えるためにわざと言ったんだ!あの紙がたまたま私の手元に来なくても、策は練ってあった!」

施設長は俺の言ったことに対し、興奮したように言った。

「先代さんの遺書には、復讐するなと書いてあったんだろ!?なのに、どうして!?」

俺は施設長に言った。

「抑えきれなかったんだよ!この怒りを……どこにもぶつける場所がなかったんだ……」

そう言った施設長に、かける言葉が見つからず、俺は黙ってしまった。


 そんな俺たちの様子を見て、青柳さんが高笑いをした。

「あははははははは!……なるほどね。まさか、あのおじさんが遺書なんか残してたとは。想定外だったよ。施設長さんも、僕の正体にずっと気づいていたわけだ。あははははははっ!笑える話だねぇ。とっても面白い!」

青柳さんはそう言って、けたけたと笑い続けていた。

「何が面白い!?」

施設長は、その笑い声をかき消すように怒鳴った。

「何がって……?全部だよ。ねぇ?颯介……酷いとは思わないかい?僕のこと、犯罪者だと知ってて、颯介たちと、今までずっーと遊ばせてたんだよ?この人。」

青柳さんが笑いながら、俺に話を振った。

「青柳さん……ずっと信じてたのに。みんなのヒーローじゃなかったのかよ!!!」

「みんなのヒーロー?笑わせる……その言葉がずっと嫌いだったんだよ、僕は。」

青柳さんは狂気じみた顔をして、言い放った。

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