記憶の断片その五
児童養護施設から帰ったムタは、いつもの室外機の上で考え事をしていた。
颯介の悲しそうな表情を見たからである。
颯介にとって青柳は、父親のように慕っている存在であることも知っている。
「嘘をつくべきだったかな……」
ムタは後悔していた。
だが、誰が相手だとしても、誰かが傷つくことだとしても、嘘をつくことは許せなかった。
それが『赤川正史』という人間なのだ。
全て、俺の思い過ごしであればいいのにと思いながら、眠りについた。
――ここはどこだ?
見渡すと、そこは車の中だった。
恐らく、自分の車だろう――運転席に座っていた。
気が付くと、手には何かを握っていた。
開いてみると、それは脅迫状だった。
「○○区△△の倉庫へ来い。さもなければ、子供の命はない。愛護家」
――愛護家?
その文字が、脳裏に焼き付いた。
愛し護る家……まるで、児童養護施設を連想させるような、皮肉な響きだ。
差出人の欄に書かれたその文字は、今回ばかりは、はっきりと、鮮明に俺の目に飛び込んできた。
犯人の目的はなんだ?
なぜ、『颯介』を誘拐する必要があったのか。
なぜ、俺を倉庫へ呼び出したのか。
わからないことが多すぎる……
ただ、妻が自分の命と引き換えに産んでくれた息子を死なせるわけにはいかない。
その一心だった。
差出人のところに書かれている『愛護家』という文字は、恐らくアナグラム。
そこまでは、刑事としての勘が告げていた。
頭の中で文字をアルファベットに変換し、必死に並べ替える。
AIGOYA……
AYAIGO……
AOGIYA……
こうやって、様々なパターンで並べ替えていたとき、ある一つの答えが浮かんだ。
全身の血が凍り付いた。
AOYAGI……
「……青柳……だと……?」
その名が、喉の奥から絞り出すような、掠れた声となって漏れ出た。
信じたくない――信じられるはずがない。
「何故だ!青柳……!」
車のエンジンを全開にし、アクセルを思いっきり踏んだ。
荒々しい運転に、すれ違う車からの視線が痛かった。
だが、今はそれどころではない。
ただただ、車を走らせるしかなかった――
「颯介!無事でいてくれ……!」
「お望み通り、来てやったぞ……!」
刑事は倉庫の扉を開けながら、叫んだ。
しかし、倉庫の中は真っ暗で、夜の暗さも相まって、何も見えなかった。
倉庫の入り口に無造作に置かれた懐中電灯を手に取り、まっすぐ進んでいく。
倉庫内に、人がいる気配はなかった。
周りは、積み重ねられた、たくさんの段ボールが、壁のようにそびえたっているのみ。
段ボールの壁を押すと、簡単に崩れた。
段ボールの中身は、どれも空のようだった。
「何が目的なんだ……?」
怪訝に思いながら、段ボールの壁づたいにまっすぐ進んだ。
突き当たりに辿り着くと、何かが置かれているのが見えた。
「これは……」
そこにあったのは、無機質な機械音を刻むプラスチック爆弾だった。
液晶に表示された数字は、無慈悲に「00:05」を示している。
「――しまっ……!」
段ボールの壁を崩しながら、倉庫の入り口まで全速力で走る。
「くそ……こんなところで、死んでたまるかぁぁッ!」
「颯介は!?颯介だけは助けてく――」
叫んだその瞬間、倉庫は大爆発し、その爆発に巻き込まれた。
その時、すべてを思い出した。
颯介を誘拐し、倉庫を爆破して赤川正史を殺そうとしたのは青柳だ。
だけど、どうして青柳が――?
「僕は、君とは違うんだ」
今の声は、何だ――?
ムタはハッと飛び起きた。
「クソッ!どうしてもっと早く思い出せなかったんだ……!」
ムタは自分への怒りで震えていた。
でも、颯介が生きているってことは、颯介をあの児童養護施設に連れていったのも青柳ということになる。
あいつの目的は、颯介をおとりに、俺を倉庫までおびき寄せて殺すことだったのか?
はっきりとはわからない――本人から、理由を聞きたい。
ムタは猫の姿であることを嘆いた。
もうすっかり陽が昇り、街や店の灯りもぼちぼちつき始めている。
「これ以上、あいつの好きにさせてたまるか……!」
青柳はまだ暗号の意味を知らないはずだ。
――あれ、そういえば昨日、颯介の部屋に来たと言っていた?
――何をしに来ていたんだ?
「まさか……!!!」
ムタは、颯介のいる児童養護施設へと全速力で駆けだした。




