匂いの正体
部屋に誰もいなくなった時――
窓の外からムタが来るのが見え、俺は窓を開けて、ムタに声をかけた。
「ムタ!今日も来たのか?」
「毎日、息子の様子を見に来るのが、親の務めと言うものだろう?」
ムタは偉そうに言った。
「そういえば、お前の部屋には今まで入ったことがなかったな。」
ムタと会う時はいつも外であったが、ムタは急に部屋が見たいと言ってきた。
幸人もいなかったから、少しだけだぞと言って、ムタを窓から部屋に入れた。
「お前も年頃の男だ。こういうところに何か隠しているのだろう?」
そう言って、ムタはベッドの下に潜り込んでいった。
「ちょ、おまっ……!」
俺はつい、こんなことを口走ってしまったが、いかがわしいものは何もない。
ムタがベッドの下から、複数の本を引っ張り出してきた。
「コナン・ドイル、エラリー・クイーン、アガサ・クリスティ……どれもこれも推理小説か。ん?ハムスターの飼い方……?これも、お前のか?」
ムタが俺に聞いてきた。
「いや?違うな。」
恐らく、幸人のものだろう。
昔、ハムスターが主人公のアニメにハマっていた時期があり、幸人がハムスターを飼うことに憧れを持っていたことを俺は知っていた。
だが、子供の頃だったし、もちろんお金もなく、施設長にも迷惑はかけられないと判断して、ベッドの下にしまったのだろう。
幸人は昔からそういう男だ。
ムタは部屋の中を歩き回っていたが、急に立ち止まった。
「……この匂い。」
「どうしたんだよ?ムタ。」
鼻をひくひくさせているムタに俺は尋ねた。
「まだ新しい匂いだ……さっきまで、ここにいた人物は誰だ?」
「幸人と青柳さんだけど……なんで?」
「この匂い……あの女の遺体からした匂いと同じだ。」
ムタは真剣な顔をしてそう言った。
「待てよ、幸人はあの事件現場には行っていないはずだ。」
「ああ、お前の友人ではない。それは俺もわかっている。」
「……じゃあ、青柳さんが犯人だと言いたいのか?ムタ……」
「ああ、そういうことになるな。」
今まで父親のように慕っていた人が、十六年前の事件の首謀者――?
そんなの、そう簡単に信じられるわけがない。
青柳さんは昔から、俺らと遊んでくれて、わくわくするような話を聞かせてくれて――
俺は何がなんでも、信じたくなかった。
「調査をしているときに、遺体に触れてしまった可能性だってあるよな?」
「ああ、それもあり得る。」
「それじゃあ、まだ青柳さんが犯人だと決まったわけではないよな?」
「そうだな。」
ムタは俺の言うことに淡々と答える。
「なぁ、何かの冗談……だよな?」
「颯介……」
ムタの俺を見る目がすごく優しくて、冗談で言っているわけではないことはすぐにわかった。
このとき俺は、人生で二回目の『悲しい』思いをしていた。
でも、まだ青柳さんが犯人だと、決まったわけではない。
青柳さんが本当に犯人なのであれば、例の暗号の場所――裏庭のガブリエルの木の下に近々現れるはずだ。
幸人が部屋に戻ってくると同時に、ムタが窓から外へ出た。
「また明日、ここに来る。」
そう言って、ムタは児童養護施設を去っていった。
「颯介、今、誰かと喋ってなかった?」
相変わらず、幸人は鋭い。
「いんや。ただの独り言だよ。大丈夫。」
俺はそう言って、ベッドの梯子に足をかけた。
「まったく。いつまでたっても、嘘をつくのが下手だな、颯介は。」
「バレた?」
「バレバレだよ。でも、言いたくなった時に、話してくれればいいから。」
幸人がいなかったら、俺はとっくにどこかで道を踏み外していたかもしれない。
「お前には感謝してもしきれないな……」
「ん?今、何か言った?」
幸人は、俺が小さく呟いた言葉に反応した。
「何でもない。」
俺はなんだか恥ずかしくなって、誤魔化した。




