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満月の夜に猫は微笑む  作者: 涼木あきこ
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漂う焦燥感

 ――翌朝。

俺がベッドの上で欠伸をしていると、幸人が話しかけてきた。

「颯介、おはよう。昨日、寝るの遅かったみたいだけど大丈夫?」

幸人は俺が部屋に戻ったときに、起きてしまったようだ。

「悪い、できるだけ静かにと思ったんだけど、起こしちゃったか。」

「大丈夫だよ。僕は昨日、早く寝たからね。」

幸人はそう言って、先に部屋を出ていった。


 朝食の時間は、いつも通りに過ぎていった。

だが、盗聴器が仕掛けられていると知ったあの日から、美紗の様子はより一層、おかしくなった。

殺人事件に出くわしたときはそうでもなかったはずだ。

俺に気を遣わせないために、平常心を装っていただけかもしれないが――

やはり、一番大きいのは、自分の父親が例の強盗事件で殺されて、そこから人生が変わってしまったことに対しての怒りと悲しみによるものなのかもしれない。

家族みんなで、幸せに暮らしたかった――

ずっと心のどこかにしまっていたものが、美紗が児童養護施設に来た理由を知ってしまったことで表に出てきてしまったのかもしれない。

どれも、俺の推測でしかないけれど。


 俺は、美紗とみゆき先生にはまだ話していなかった。

十六年前に幸人と美紗の父親を殺した女が亡くなったという話を。

今は逆に美紗を苦しめるだけかもしれないと、幸人と相談して決めた。

もう少し時間が経ってから、話そうとは思っている。

美紗とみゆき先生の関係については、俺はまだ誰にも話していない。

どうしたら美紗を、悲しみ若しくは怒りから解放してあげられるのだろう。

時間にしか解決できないことかもしれないと思いつつも、事あるごとに考えてしまう。


 最近は学校の授業が、すごく短く感じる。

恐らく、授業中に考え事をすることが増えたからだろう。

事件のこと、ムタのこと、母親のこと――

身の回りでいろんなことが起こりすぎて、俺も整理しきれていなかったのかもしれない。

市川先生に名前を呼ばれても気が付かず、怒られてしまったことも何度かあった。

その様子を、窓越しに幸人が見ていたらしい。

「授業中、笑いを堪えるのが大変だったよ。気を付けてよね!」

帰ってから、幸人にも笑いながら怒られたっけ。

 

「遅刻はしてないようだが、最近、全く授業を聞いてないだろ。」

ある日、そんな俺を見かねて、市川先生が尋ねてきた。

「すんません……」

俺は、素直に謝るしかできなかった。

「何があったんだ?俺には話せないことか?」

「今は話せない……です。でも、いつか、先生にも話したいと思ってます。」

――先生も、十六年前の銀行強盗事件が起きた時に、現場にいたと言っていたから。

「わかった。心配させるなよ。」

先生はそう言って、教室を出ていった。

俺は、俺が思っている以上に、いろんな人に心配させてしまっているのかもしれない。


 そして、その日の夜――

「やあ、颯介。ちょっといいかい?」

突然、青柳さんが俺を訪ねて児童養護施設へやってきた。

外では会っていたが、青柳さんが児童養護施設に来るのは、あの盗聴器事件以来だった。

俺は青柳さんを自室へと招き入れた。

幸人は風呂に入っていて、部屋にはいなかった。

「どうしたんだよ。急に。」

「急にって、颯介。大体、いつもそうでしょ?」

「確かに!」

俺は笑いながら言った。

青柳さんは昔から遊びに来ていたが、いつも急だった気がする。

青柳さん来ないかなぁと思っている日には来なかったり、宿題に追われていて忙しい時には来たり。

でも、今回はなんだかいつもと様子が違う気がした。

いつも飄々としているのに、今日はなんだか、少し焦っているように見えた。

俺はそんな青柳さんをひやかしてみた。

「もしかして、事件の調査がなかなか進まないから、お悩み相談にでも来た?」

「お、流石だね。颯介!そうなんだよ。ちょっと困っててね。」

青柳さんはあっさりと、困っていると言ったものだから、俺は驚いた。

「逆に、こんなところで油を売ってていいわけ?」

「急に冷たいな~。聞きたいことを聞いたら帰るからさ!」

青柳さんはそう言って、笑った。

「それで、聞きたいことって何?」

「前に施設長さんが言ってた『ガブリエル』について。例の暗号、あるでしょ?あれが何を示しているのか、警察も未だにお手上げ状態なんだよ。あの暗号を見て、反応した施設長さんなら何か知ってるんじゃないかって思ってさ。」

「それなら、どうして施設長じゃなくて、俺のところへ?」

「施設長さんには、なんだか避けられているようだからね。……颯介も知ってるんでしょ?あの暗号が指しているものを。」

「何で、そう思ったの……?」

「颯介は嘘をつくとき、人の目を見ないから。かな!」

青柳さんが笑顔で俺に言った。

流石は青柳さん、前回聞かれた時に誤魔化したつもりだったけれど、バレていたようだ。


 話すしかなくなった俺は、施設長から聞いた話をかいつまんで話した。

裏庭の三本の木のこと。

左からミカエル、ガブリエル、ラファエルと名前があること。

『家と赤ん坊を抱いたガブリエル』がこの児童養護施設の紋章であること。

ムタとの約束は破ってしまったが、捜査のためなら仕方ないと思った。

それに、十六年前の犯人は残り一人になったわけだ。

どんな手を使って、暗号を解く気でいるのだろうか――

そういう意味でも、警察には暗号の意味を知らせておいた方が安全だろう。


 何か閃いた様子の青柳さんはお礼を言って、俺の部屋から出ていった。

「おっと。ごめん、幸人くん。もしかして、ここでずっと待ってたの?」

「いえ、お風呂からあがったばかりなので、ちょうど戻って来たところです。」

ドアの向こうから、幸人と青柳さんの会話が聞こえたあと、すぐに幸人が部屋に戻って来た。

「青柳さんが来てたんだね。」

「ごめん、もしかして、本当はドアの前にずっといた感じ?」

「颯介にしては察しがいいね。……ごめん、話も聞いちゃったよ。」

「……いずれは話すつもりだったし、いいよ。ってか、青柳さんにはなんで嘘を?」

俺は気になって、幸人に聞いた。

「あの人、昔から掴みどころのない人だなって思ってて。つい、咄嗟に。僕自身も驚いたよ。こんなにスムーズに嘘が出てくるなんてさ。」

幸人は苦笑いをしながら言った。

「そうだ、お風呂あがりに食べようと思って、プリンを買ってきたんだった。」

そう言って、幸人は再び部屋を出て行った。

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