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満月の夜に猫は微笑む  作者: 涼木あきこ
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ムタの正体

 児童養護施設へと向かっているムタは、徐々に足早になっていった。

自分の正体がはっきりしたことで、ムタは浮かれていたのだ。

そして、自分が「颯介の父親」であったことを、今すぐにでも伝えたかったのだろう。


 夜中の二時頃、俺は風呂を出て、自室へ戻った。

幸人は寝息を立てており、俺は起こさないよう、ベッドの梯子に静かに足をかけた。

その時――

「颯介!ちょっと外に出てこい!」

ムタが窓の外で、俺のことを呼んでいるのが見えた。

こんな時間に珍しいと思い、俺はすぐに外へ出た。

外は少し風が強く、肌寒かった。

「悪いな、遅くに。」

「まだ起きてたから大丈夫。んで?どうしたんだよ。」

「俺の正体がわかったんだ。聞いて驚くなよ、颯介!」

「猫が喋って、本当は人間で、刑事で……これ以上、驚くことはねぇよ。」

俺は澄ました顔で答えたが、後にひっくり返りそうなほど驚くこととなる。


 ムタは俺と向き合って、話し始めた。

「俺の名前は赤川正史。お前もよく知っているだろう?かつて、青柳とバディを組んでいた刑事だ。あの頃は、俺たちにかかれば、解決できない事件はないとまで言われていたっけな。例の銀行強盗事件だけは、どうやら解決できなかったようだがな……」

「お前が、赤川刑事!?どういうことだよ。殉職したって聞いたけど……」

俺は驚かないと言ったが、驚いてしまった。

「俺もまだ完全に全てを思い出したわけではない。ただ、もう一つ、思い出したことがあってな。俺の息子の名前は颯介。十六年前に病院で誘拐されて、俺は脅迫状を頼りに、ある倉庫に向かったんだ。」

すぐには理解が追いつかなかった。

「待って。その颯介って……俺?で、赤川刑事の息子ってことで合ってる……?」

「合ってる。」

俺はムタの言うことが、どこか信じ切れずにいた。

ムタが赤川正史で、赤川正史の息子が俺で――

「それって、何か証拠はあったりすんの?」

俺はムタに聞いた。 

「俺の夢では、そう……言っていた。」

「それだけじゃ、証拠が足りない。夢っていうのも、なんかな……」

「お前は……俺が父親であることが嫌なのか?」

ムタはどこか寂しそうに俺に言った。

「ごめん、そういう意味で言ったんじゃないんだ。あまりにも非現実すぎるだろ?だって、猫が喋って、その猫は実は人間で、刑事で、俺の父親なんて……」

たいていの人は信じられなくて当然であると思う――美紗だったら、少し違ったかもしれないが。

ムタは俺を納得させるために、母親のことを話してくれた。

「とにかく、笑顔が素敵な女性でな。俺のことを、会ったときから「ヒーロー」って呼ぶから、最初はものすごく恥ずかしくて。」

「そう言えば、前にもそんな話、聞かせてくれたよな。会ったときからって、どういうこと?」

半信半疑ではあったが、俺は続きを聞いてみようと思った。

「ひったくりに会った妻を助けたのが、始まりだったんだよ。そのときにさ、言ったんだ。「まるで、ヒーローね。」って。そこから、連絡先を交換して、仲良くなって……」

「そりゃ素敵な出会いだこと。」

ムタが恥ずかしそうにしているのが、とても面白かった。

ムタは「ごほん」と一回、咳をして話の流れを切り替えた。

「さっきお前は、証拠はあるのかと言ったな。」

「ああ……」

「今すぐに見せられる証拠はない。だが、俺自身が確信しているんだ。颯介、お前は間違いなく、俺とあいつの息子だ。だって、言うこともやることも、そっくりなんだよ。あいつに。」

そう言って、ムタは空に浮かぶ三日月を見上げていた。

そんなムタの姿を見て、俺は確信した。

今思えば、「そうである」という確信を得たかったがための、猜疑心だったのかもしれない。

「そっか……そうだったんだ。お前が俺の父親で……母さんは命がけで俺を産んでくれたのか……」

気が付いたら涙が溢れていた――これは、何の涙だろう?

俺にはよくわからなかった。


 俺が落ち着くまで、ムタは傍にいてくれた。

本当に父親みたいだと、俺は心が少し暖かくなった気がした。

「なぁ、これからは何て呼べばいい?」

俺はムタに言った。

「今のままでいい。急に父さんとか呼ばれてもな。友達もきっと心配するぞ。」

「ははっ!それは間違いないな。幸人が大騒ぎしそうだ。」

俺とムタは笑いあった。


 ムタが去り際に、事件現場に単独調査に行ったときのことを話してくれた。

「そういえば、死んだ女の服から、知っている匂いがした。」

「え……?どんな匂い?」

「どんな、と聞かれても……形容しがたい。猫レベルの嗅覚でないと感知できない匂い……だと思う。ただ一つ、もう一人の犯人は、思っているよりも身近なところに潜んでいるかもしれないってことだ。」

ムタの、この真剣な面持ちは、冗談ではないだろう。

「なるほど?俺も警戒しておくよ。……でも、遺体で見つかったあの女しか、あの暗号は解けてなかったんだよな?ってなると、もう一人の犯人はどうやって答えを導きだすつもりなんだ?もう一度、盗聴器を仕掛けるってのは、流石にもう出来ないはずだろ?何かとっておきの策でもあんのかな……」

俺とムタは考えていた。

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