記憶の断片その四
事件現場から戻ったムタは、いつもの室外機の上に飛び乗った。
ムタは、別れ際の颯介の様子が少し気になっていた。
だが、そこまで心配はしていなかった。
「あいつのことだ。すぐに気が付くだろう。いい友達もいるようだしな。」
そのことよりも、いろいろと気になることがあった。
猫たちから聞いた話もそうだが、それよりも――
「やはり、あの匂い……どこかでかいだことがある。」
ムタはそう確信していた。
猫の嗅覚は人間の嗅覚の数万倍から数十万倍あるとされている。
「しかし、何の匂いなんだ……?」
そんなことを考えながら、ムタは眠りについた。
――ここはどこだ?
見渡すと、そこは葬儀場だった。
中央には、笑顔の素敵な女性の写真がある。
気が付くと涙がこぼれ落ちており、止めようとしても止めることはできなかった。
これから、どうしていけばいい――?
そんな思いで、いっぱいになってしまっていた。
「何があっても、あの子を守るって言ってくれたじゃない!」
一人の女性が泣きながら、裾を掴んできた。
彼女の母親だろうか。
その言葉と同時に、今、自分のやらなければならないことを思い出した。
妻が弱ってしまうきっかけを作った、銀行強盗事件の犯人を、絶対にこの手で捕まえてやるんだと、気持ちを切り替えた。
妻が残してくれた子供は、暫くの間は病院に預けることにした。
自分は刑事として、銀行強盗事件を追っていて、なかなか家には帰ることができなかったし、義理の父母は、娘を亡くしたショックで、当分の間は子供の世話ができる状態ではないと判断したからだ。
だが、この判断は間違いだったのかもしれない――
数週間が経った頃、事件は起こった。
「颯介くんがいないんだけど、誰か知らない!?入浴の時間はまだのはずなんだけど、見当たらないの!」
「まさか、誘拐かしら……!?でも、誰が……」
「と、とにかく、防犯カメラを見てみましょう!」
少し離れたナースステーションから、看護師たちの焦る声が聞こえてきた。
「さっき見に行った時にはいたはずなんだけれど……あ!赤川さん!!大変です!颯介くんがいなくなってしまって……今から、防犯カメラを確認してみようと思いますが……」
話を聞き終わる前に、気が付くと駆け足で、息子のいる病室へと向かっていた。
息子がいたはずの場所には脅迫状が置いてあった。
脅迫状を握りしめたまま、犯人がまだ近くにいるかもしれないと思い、全速力で走った。
「赤川さん!防犯カメラには不審な人は映ってなかったです!一体、誰が……」
看護師の言葉を無視して、外に飛び出した。
自分の車の中で、脅迫状の内容を改めて確認する。
「○○区△△の倉庫へ来い。さもなければ、子供の命はない―――」
差出人が書かれている。
何かのアナグラムになっているようだが、何と書かれていたかは、はっきりと思い出せない。
どうして、妻だけでなく息子の命まで奪われなければならないんだ――
ムタはハッと飛び起きた。
辺りはまだ暗い――街や店の灯りも消えている。
今回は、夢の中での自分の記憶がはっきりとしていた。
ムタは思った。
こんなにツイていない男が存在するだろうか――と。
妻が亡くなった数週間後に息子が誘拐されて――
だが、あの差出人のアナグラムだけが、どうしても思い出せない。
「……あれ?あの看護師、俺のことなんて言ってたっけ……赤川?ってことは、俺の正体は、かつて青柳とコンビを組んでた赤川正史!?待て、子供の名前も出てきたな。えっと、確か……颯介ぇぇぇぇぇ!?待て、落ち着け、俺……!!いや、落ち着けるわけがないじゃないか!!早くあいつのところに行かなければ……!!」
ムタは室外機から勢いよく飛び降り、颯介の元へと向かった。




