急展開
――昨晩、街の港で。
「私、例の暗号、解けちゃったの。だからもう、あんたはただの邪魔者ってわけ。」
女が男に銃口を向けて言った。
すると男は、すかさず駆け寄り、女の腕を捻って銃を奪った。
「私を殺しちゃったら、暗号をまた一から解かないといけなくなるわよ……?それでも、あなたは私を殺す?」
「パアンッ」
辺りに銃声が鳴り響き、女が血を流して倒れこむ。
「あなたは……本当に非情な……人……ね……」
幸人の言葉に救われた俺は、放課後、青柳さんに電話をかけ直した。
「今朝は急に切ってごめん。例の女の件、もう一度教えてほしい。」
俺は、青柳さんに事件の現場を聞き直し、向かうことにした。
「誰と話してたんだ?」
俺が電話を切ると、市川先生が話しかけてきた。
「昔からお世話になってる人!」
「施設長さんか?」
「いや、もう一人いるんです。俺の父親みたいな人が。っていうか、先生、施設長のこと知ってたっけ?」
俺が尋ねると、先生は、ハッとした顔をしていた。
「……いや、会ったことはない。ただ、担任として、お前の家くらいは把握してるがな。」
「それも、そうですよね。」
「家には真っ直ぐ帰らないのか?」
「はい、今日はちょっと寄るところがあるんで。」
「施設長さん、心配してるんじゃないのか?」
なぜか今日は、先生がずっと質問をしてくる気がした。
「俺はもう子供じゃないって、この前、施設長にも言ったんです。遅くならないうちにちゃんと帰るんで、安心してください。」
「ああ、すまないな。引き止めて。」
そう言って、先生は背中を向けて去っていった。
「今日も、寄るところがあると言っていました。ついて行った方がいいです?ええ、ええ、分かりました。今日は、大丈夫そうですかね。はい、ではまた。」
「ムタ。やっぱり、ムタの言った通りになった……」
俺は事件現場へ行く前に、ムタのいる路地裏へと向かった。
「ああ、やはりな。……ショックを受けたか?」
ムタは俺に言った。
「ああ。割とな。でも、裏切らない人もいるって、俺は信じることにした。」
「いいんじゃないか。お前らしくて。」
ムタは笑っていた。
「さてと、それじゃあ行きますか。」
「どこに行くんだ?」
「事件現場に決まってるじゃん!」
俺はいつものように、ムタをリュックにつめ込んだ。
現場に着いた俺を見つけて、溝端刑事が声をかけてきた。
「また来たのか、お前!」
「ここまで来たら、逆に来ないわけにはいかないよ。」
「んまあ……そうか。って、なに納得してんだ!?俺!?こいつはただの高校生だぞ!?」
溝端刑事が自分に突っ込みを入れている。
その様子を見て、ニヤニヤしていたら、溝端刑事に怒られた。
「やあ、颯介。来たね。溝端くん、悪いけど、颯介にいろいろ話してあげてよ。」
青柳さんがこちらに気付き、溝端刑事に、事件についての情報を俺に教えるよう命じた。
溝端刑事は「なんで俺がこいつに……」と、小声でぶつぶつ文句を垂れながらも、今回の事件について教えてくれた。
被害者の名前は『篠原由美』。
年齢は三十六歳。
アルバイトを転々として、生活していたらしい。
この女の遺体には、今までの事件と同じく、銃で撃たれた形跡があり、凶器と思われる拳銃が、遺体の傍らに落ちていた。
警察の調査で、その拳銃は、今までこの女が使用していた拳銃と同じものであることが分かったらしい。
今回見つかった銃弾が、十六年前の銀行強盗事件の現場や大山さんの事件の現場から見つかった銃弾と、一致していたそうだ。
女が身に着けていたジーンズのポケットからは、受信機も発見されたとのこと。
これを使用して、施設長の部屋を盗聴していたのだろう。
今回、亡くなったこの女が、後藤さんと大山さんを殺した犯人であることは間違いなさそうだ。
ただ、何故、女が所持していた拳銃が凶器になったのか――
俺は気になっていた。
青柳さんと溝端刑事に先に帰ると言って、現場から少し離れた公園に向かった。
そこで、リュックに詰め込んでいたムタを開放した。
「はぁ~。いつまで経っても、この息苦しさは慣れないな……」
ムタは出てくるなり、毛づくろいを始めた。
「ムタ、話は聞こえていただろ?」
「ああ、全部聞こえていたさ。」
ムタは顔を手で洗いながら言った。
俺は、さっきの疑問をムタにもぶつけてみることにした。
「何故、女が所持していた拳銃が凶器になったのかって?そんなの簡単なことさ。受信機を持ってたのは女だったんだろ?暗号を先に解いたのも女だったとしたら、当然、もう一人を裏切る。」
「なるほど……女が先に裏切ろうとしたってことか。」
「正解。だが、そうなることも、もう一人の犯人は読んでいたんだろう。」
「それで、返り討ちにあったわけか……」
ムタが淡々と話す一方で、俺は自分でもわからない、複雑な感情が渦巻いていた。
「颯介、どうかしたのか?」
そんな俺に気が付いて、ムタが声をかけてきた。
「今朝、遺体で見つかった女は、十六年前の銀行強盗事件で二人と、今回の連続殺人事件で二人、そして、もう一人を殺そうとして返り討ちにあったわけだけど……四人もの人を殺してるんだよな。そう考えると、当然の報いなんじゃないかと思ってしまう俺がいるんだ……」
「なるほどな……気持ちはわからんでもない。だが、この世に死んでいい人間はいないと俺は思う。」
ムタは真面目に言う。
「……どうして?罪のない人を殺したとしても?それが、誰かの人生を大きく狂わせたとしても?」
「お前は、『死』だけが、償いだとでも思っているのか?」
違う、俺はそう思っているわけではない――はず……。
俺は俺自身の気持ちがよく分からなくなってしまった。
俺はムタと別れたあと、そのまま帰宅した。
「颯介、おかえり。」
施設長が玄関で出迎えてくれた。
「施設長、ただいま。」
「今日もどこかへ寄り道していたのかい?」
施設長が心配そうな顔をして聞いてきた。
「ああ、ちょっとな。でも、夕飯の時間には間に合ったし、いいだろ?」
「そうだね。でも、あまり危険なことはしないでおくれよ。」
「大丈夫だよ。俺一人でどうにかしようなんて、これっぽっちも思ってないし。」
こんな言葉で、施設長が安心してくれるかは分からなかったが、俺はそう言って自室へ向かった。
自室に戻った俺に、またしても幸人が声をかけてきた。
「今朝の電話、青柳さんでしょ?ニュース、見たよ。例の女性、亡くなったんだね。」
幸人は少ない情報から、今朝亡くなったのが、十六年前の銀行強盗事件かつ今回の連続殺人事件の犯人である女性であることを推測したようだ。
「なあ、幸人……お前の父親を殺した女が死んだってわかったとき、どんな気持ちだった?」
俺は気が付いたらそんなことを言っていた。
「もうそんなこと、どうでもいいと思ってたんだけどね。今は今で楽しいし、幸せだと思ってるから。でも正直なことを言うと、ちょっと悔しい。」
幸人はそう言った。
「悔しい……?」
「うん。やっぱり、自分の罪を、生きて償ってほしかったなって……思ったよ。」
俺の心に引っかかっていた何かが、すっと解れていくのがわかった。
「そういうことか。」
「どうかしたの?」
「いや、何でもない。とりあえず、いつもサンキューな。」
またしても、俺は幸人に救われた――今なら、ムタが言いたかったこともわかる気がする。
一方、その頃――
ムタは警察の目、というか溝端刑事の目を盗んで、女の遺体を調べていた。
黒いタンクトップにジーンズといった、身軽な服装だった。
「ん?この匂い……どこかで……」
ムタは女の服から、今まで嗅いだことのある匂いがした気がした。
恐らく、銃口を向けた女の腕をひねり、銃を奪ったときにでも密着したのだろう。
その時に匂いがうつったと考えれば、納得がいく。
「意外と近いところに、もう一人の犯人が潜んでいるかもしれない……」
そう思ったとき――
「あ、こらこら!猫ちゃんは立ち入り禁止だよ~!」
溝端刑事の猫なで声が遠くから聞こえて、ムタはそそくさと退散した。
「くそ、あの刑事に見つかっちまったな…ん?向こうの方で、誰かの話し声が聞こえる。」
話し声のする方向へ走っていった先で、このあたりに住んでいる猫たちが集会を開いていた。
「あら、見ない顔ね。」
真っ白で長毛の、綺麗な猫が言った。
「いや、オレは見たことあるぞ。こう見えても、この街のことは大体知ってる。」
茶トラのまるまる太った猫が言った。
「急にすまない。昨日の夜、このあたりで、大きな音が聞こえなかったか?」
ムタは、猫たちに聞いた。
「ええ、確かに聞こえたわ。あれは、花火の音かしら。」
「ああ、したな。花火にしちゃ、おかしくないか?一回しか聞こえなかったからな。」
猫たちは、拳銃の音を聞いているようだ。
「他には何か、聞こえなかったか?些細なことでも、なんでもいい。」
ムタはさらに質問を続けた。
「ああ、そういや、花火の音がした後、車の音が聞こえたな。」
――犯人は、あの女を撃った後、車で逃走したということだろうか。
「あと、人が話しているのも聞こえたわね。男の人と女の人だったと思うわ。」
――その男というのが、恐らく、十六年前の銀行強盗事件を企てたやつだろう。
「ありがとう!参考にさせてもらう!」
ムタはそう言って、猫たちの集会を後にした。




