待ち伏せ
――翌日の夜。
溝端刑事と交代で、青柳さんがやってきた。
「やあ、颯介。あれから問題はないかい?」
車の窓を開けて、青柳さんが俺に話しかけた。
「ああ、不審者もいないし、溝端刑事もずっと見張っててくれたみたいだ。今回ばかりは感謝だな。」
「はは、溝端くんにも伝えておくよ。」
「やめて!恥ずかしい。」
「はは、冗談だって!」
青柳さんがニコニコ笑っている。
「立ち話してたら、犯人に警戒されちゃうかもしれないね。助手席に乗らないかい?暇だし、僕の世間話に付き合ってよ。颯介。」
青柳さんはそう言って、車のドアのロックを解除した。
俺は言われるがままに、助手席に座った。
「学校は楽しい?」
本当に世間話をするのかと、俺は少し拍子抜けした――俺はどこかで、事件の話を期待していたのかもしれない。
「まあ、楽しいよ。あと三回遅刻したら単位もらえないから俺も必死でさ。」
「はは、相変わらず遅刻魔やっているのかい?まあ、人はそんな簡単には変われないからね。ましてや人の言葉でなんて……」
「言っとくけど、宣告されてからは一回しか遅刻してないかんな!てか、言い方、酷くね?」
「はは、僕は本当のことを言っただけだよ。颯介もそのうちわかるさ。」
この時の青柳さんはなんだか、いつもの青柳さんとは違う気がした。
「青柳さんはどうなんだ?ずっとこの仕事してるだろ?飽きたりしないの?まあ、飽きることはないか。事件は尽きないもんな。」
俺は冗談交じりに青柳さんに言った。
「飽きるときもあるよ。だから、そういうときは、楽しくなることを自分で作るしかない。大人になるとね。そうなっていくんだよ。」
「そう、なんだ……俺にはまだ、よくわかんないかも。」
「これも、そのうちわかるさ。」
青柳さんは、窓の外を見ながらそう言った。
「さてと、颯介。ちょっと聞いてもいいかい?」
青柳さんが俺の方に向き直った。
「何?」
「この前、施設長さんが例の暗号を見て「ガブリエル」と言ったことについて。君は何か聞いたんじゃないか?施設長さんに。」
俺は言うか迷った――青柳さんはこの事件を追っている警部だ。
昔から俺の世話もしてくれて、とても尊敬をしているし、信頼もしている。
「……いや、施設長、言いたくなさそうだったし、聞かなかったよ。やっぱり気になる?」
嘘をついたことが顔に出ないように、俺は窓の方を向いて言った。
俺は本当のことは話さないことにした――敵を欺くにはまず味方から!と、よく聞くし。
「そりゃあ、気になるよ。その暗号を解いたら五千万円が手に入るかもしれないわけだからね。ロマンがあるじゃないか。」
青柳さんがニコニコしながら言う。
「でも、暗号を解いても、青柳さんのものにはならないだろ?」
「はは、冗談だよ!颯介は真面目なんだから。」
俺たちは、それからたわいもない話をしながら、数時間過ごした。
「そう言えば、青柳さんっていつも…」
「しっ!」
青柳さんに言葉を遮られた。
「あっち。」
そう言って、青柳さんが指をさした方向を見ると、車が一台やってきた。
ちょうどカーブのところで車が停車し、中から人が降りてきた。
女性だ――街頭のおかげで、今回はハッキリと見えた。
「あそこは、施設長の……!」
施設長の部屋の窓に一番近い塀をよじ登ろうとしていた。
「早く行かなきゃ!」
俺が車を降りようとすると、青柳さんに制止された。
「シートベルトして!掴まって!」
そう言った瞬間に、青柳さんが思いっきりアクセルを踏み、俺はその勢いでフロントガラスにぶつかりそうになった。
車のヘッドライトに気が付いた女性は、慌てて自分の車に乗り、軽やかに方向転換をして逃走した。
「あの車も、きっと盗難車だろうね。あれを追いつめる、いい方法はないかな……」
青柳さんが、とんでもなく荒い運転をしながら言う。
目の前に犯人がいるのだ――ここで見失うわけにはいかない。
だが、俺は割と限界が近づいていた。
「青柳さん、遠心力やばい……キモチワルイ……」
「ごめん!今は耐えて……!」
犯人に追いつけたとしても、俺は生きて帰れるのだろうか。
そんなことを考えていたとき、前にムタと一緒に散歩したときに見つけた、行き止まりの道を思い出した。
「青柳さん、三つ先の信号を右折して真っすぐ進むと、行き止まりの道がある!」
「やるじゃないか、颯介。だけど、相手も用意周到だ。万が一の逃走ルートは考えているはず……賭けてみるか!ちょっと飛ばすよ!先回りして、行き止まりに追い込む!」
――上手くいけば、先回りできる別ルートに切り替えて、青柳さんはさらに車の速度を加速させた。
「まいったね……見失ってしまったみたいだ……」
青柳さんの運転テクニック?をもってしても、逃げられてしまった。
幸人も言っていたが、もう青柳さんの車に乗るのは御免だ――
だが、収穫はあった。
施設長の部屋に盗聴器を仕掛けたのも、さっきの女性だろう。
盗聴器が外されたことは、盗聴している本人にしか分からないはずだ。
それと、大山さんのマンションの下にいたのも、さっきの女性に間違いない。
あの滑らかな運転さばきができる人は、滅多にいないと思われる。
俺はこの考えを、青柳さんに話した。
「素晴らしいよ、颯介。僕も同意見だ。ただ、もう盗聴器は仕掛け直しに来なくなるはず。次はどうやって、彼女をおびき出そうか……」
青柳さんは悪い目をして、笑っていた。
児童養護施設から少し離れてしまったため、青柳さんにそのまま送ってもらった。
普通の運転ができないわけではない、ということは、一応ここで言っておこう。
「じゃあ、またね。颯介。また何かあったら、すぐに連絡して!」
青柳さんは涼しい顔をして、車で去っていった。
「随分、遅かったな。何か収穫はあったか?」
気が付くと、足元にムタがちょこんと座っていた。




