表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
満月の夜に猫は微笑む  作者: 涼木あきこ
28/54

気分転換

 あの日から――父親のことを知ってから、美紗の様子がおかしかったのを、俺と幸人は見守ってきた。

そろそろ、気分転換も必要だろうと幸人が言い、俺たちは美紗を連れて、遊びに行く予定を立てることにした。

俺もここ数日、いろいろなことがありすぎて、気分転換をしたいと思っていたところだった。


 施設長の昔話を聞いた日、部屋に戻った俺に、幸人は言った。

「何かあった?」

幸人は、本当によく見ている。

話してみようかと思ったが、施設長のことだ――俺から話すべきではないと思った。

「な、なんでもない。なんでもない。気にすんな!」

俺は適当に誤魔化した。

「そう……まあ、無理に話す必要はないけどね。ところで颯介、遊びに行く件、どうする?」

案の定、幸人は俺が誤魔化したことを見逃さなかったが、空気を読んで話題を変えてくれた。

「お化け屋敷ツアーとかよくね?美紗、めっちゃ喜びそう!」

「えー。僕は嫌だよ。でも、ツアーじゃなければいいよ。遊園地とか。」

そう、いつも冷静な幸人でも、お化け屋敷や幽霊、心霊現象などの類は苦手なのだ。

たまに驚かせたくなってしまう、意地悪な俺がいる。

「まあ、遊園地はアリだな。ジェットコースターで叫ぶだけでも気分転換になるし。」

「そうだね。じゃあ、遊園地にする?」

「ああ、そうしよう!早速、美紗にも言いに行こうぜ。」

「あ、待ってよ、颯介!僕も行く!」

俺と幸人は、美紗の部屋まで走っていった。


 「コンッコンッコンッ」

ノックの音に反応して、美紗が部屋のドアを開けた。

「今週末、遊園地行こうぜ!お前の好きなお化け屋敷もあるぞ!」

俺はドアが開くなり、勢いよく言った。

「あら、二人揃って。急に来るから驚いたわ。遊園地、素敵ね。是非、行きたいわ。」

美紗は、驚いたと言いつつも、すました顔でそう言った。

どう見ても、俺には驚いたようには見えなかった。

最近の美紗は、心ここにあらずといった感じだったから、通常通りの美紗を久しぶりに見たような気がした。


 俺と幸人は、美紗に用件を伝えたあと、児童養護施設の居間に移動した。

「何はともあれ、よかったね、颯介。美紗も嬉しそうだったし。」

「だな!ちょっと、安心した。」

「美紗ちゃんがどうかしたの……?」

俺たちが話をしていると、みゆき先生がやってきた。

「先生も心配してたもんな。一応、報告。今週末に美紗を連れて、遊園地に行くことになった!」

「あら、そうなのね。……それ、私もついて行ってもいい?」

「俺は別にいいけど……」

俺は念のため、幸人に目線を送った。

「もちろん。一緒に行こう。美紗も、きっと喜ぶ。」

幸人はそう言って、笑った。

今週末、みゆき先生も一緒に、遊園地に行くことになった。


 自室に戻った俺は、ベッドに寝転がった。

みゆき先生が、ここ最近、美紗のことをとても心配していることがなんとなく気になっていた。

心配なのはわかるのだが、この前のみゆき先生の反応は少しおかしかった気がした。

あの後、青柳さんが来て、十六年前の話を聞いたりしていたため、すっかり忘れてしまっていたのだが。

そういえば学園祭の時も、落ちていた先生のペンダントに触れようとした美紗を、今まで聞いたことのないような声で制止していた。

あのペンダントについて、先生に聞いてみる必要がありそうだ。


 「先生、ちょっといい?」

夕飯を食べ終わった後、俺はみゆき先生を呼び止めた。

「どうしたの?颯介くん。」

先生は、心なしか、少し困った表情をしていた。

聞かれたくないことを聞かれそうな予感がしていたのかもしれない。

「あのさ、そのペンダントのことなんだけど…」

俺は、先生の様子を伺いながら話した。

「……そのことよね。近いうちに、聞かれると思っていたわ。」

先生はそう言うと、大きく呼吸をした。

「颯介くん、この話をするからには、私と一つ、約束をしてほしいの。」

「何?」

「何があっても、美紗ちゃんには内緒にしていてほしい。それだけよ。」

先生は、悲しそうな顔をして言った。

「わかった。」

その表情を見て、俺はそう答えるしかできなかった。

「ありがとう。」

先生はそう言うと、ぽつりぽつりと話し始めた。


 「私ね、娘がいたの。とても幸せだった。優しい夫と三人で、これから楽しい未来を作っていく予定だった。その矢先に、あの事件が起こった。銀行強盗事件……夫は、巻き込まれて死んだわ。」

俺は息をのんだ――口を開きかけたが、最後まで話を聞こうと思った。

「私は夫の死から、なかなか立ち直れなかったわ。可愛いはずの娘の泣き声が、私の心の傷を毎日えぐった。私は気が付いたら、児童養護施設に娘を預けて、逃げていたわ。ここまで話したら、もう大体のことは分かったわよね。最後に、このペンダント。」

先生は、つけていたペンダントを外し、俺に差し出した。

ペンダントはよく見ると、チャームが開閉式になっており、開くと片方には赤ちゃんの写真が、もう片方には名前が刻まれていた。

「MISA……」

俺は、先生の話を聞いている最中から、気が付いていたはずなのに、驚きを隠すことができなかった。

「がっかりしたでしょ。」

先生は、自分自身をあざ笑うように言った。

「……確かに先生は一度、娘を捨てた。その事実は、一生変わらない。でも、先生は後悔したんでしょ?だから、ここで、ここにいるみんなを育ててきた。」

「ええ、その通りよ。私はずっと、後悔していた。夫との間に生まれた大事な娘を捨てたことを。だから、施設長に頼んで、職員にしてもらうことにしたの。」

「なんで、引き取らずに、職員になることを選んだの?連れて帰ることだって、できたんじゃない?」

「それはね、もう、母親失格だからよ。あの子に、『お母さん』って呼んでもらう資格なんて、私にはないの。だから、ここで、先生として見守ることに決めた。」

先生は、今にも泣いてしまいそうな顔をしていた。

「約束は、守るよ。」

「ええ、ありがとう。」

先生はそう言うと、自分の部屋へ戻った。

その時の背中はとても小さく見えた。

また一つ、衝撃の事実が発覚してしまったが、俺は暫く、誰にも言わないでおこうと思った。


 ――遊園地に行く当日。

「ほら、颯介!起きて!あと三十分したら出発するよ!」

幸人の声で目が覚めた俺は、急いで歯を磨き、着替えて、パンを食べた。

最後のパンを飲み込み切らないうちに、俺たちは遊園地へ向かうために児童養護施設を出発した。

児童養護施設を出ると、ちょうど歩いてくるムタが見えた。

「おっと颯介、みんな揃ってお出かけか。楽しんで来いよ!お土産、忘れんなよ!」

「わかったよ!」

俺はそう言ってから、気が付いた――幸人と美紗とみゆき先生の視線に。

「颯介、今、誰と喋ってたの?」

「ええ、私もとても気になったわ。私たちには見えない何かがそこにいるのかしら?」

美紗は目を輝かせて言った。

「き、気にしないでくれ!ほら、バスに乗り遅れるぞ!」

俺はそう言って、バス停まで一人で走った。


 バスの一番後ろの席に、四人で並んで座った。

「なんだか、遠足に行くみたいな気分ね。」

美紗が楽しそうにしているのを見て、俺と幸人は安心した。

みゆき先生も、安心した顔で、美紗のことを見ていた。

「あ、おやつ買ってくればよかった……!」

「そう言うと思って、ほら。」

幸人が、俺と美紗と先生に板チョコレートを割って、分けてくれた。

「流石ね。幸人。」

「幸人って、なんか保護者みたいだよな。」

「実際、僕は君たちの保護者だと思ってるよ。」

「本当にそうね。私も、昔からそう思って、みんなのことを見ていたわ。」

ずっと俺たちを見てくれていた先生が認めるほどの保護者力――さすが幸人。

そんな話をしていたら、あっという間に目的の遊園地の前に着いた。


 「よし、美紗、何から行く?」

「え、私が決めていいの?」

「いいよ。美紗、颯介、みゆき先生、僕の順で決めよう。」

「それじゃあ、手始めにお化け屋敷に行きたいわ。」

その瞬間、幸人の顔がこわばるのがわかった。

だが、幸人は大人である――嫌とは一言も言わずについてきてくれた。

いざ、お化け屋敷に入ると、幸人は今にも叫び出しそうな顔をしていた。

驚くものの、ビクッとするだけで声は出さない。

幸人は最後まで悲鳴をあげることなく、脱出に成功した。

もうごめんだ、という顔をしている幸人を見て、俺と美紗と先生は顔を見合わせて笑ってしまった。


 「よし、じゃあ次はジェットコースターだ!あの、水かかるやつがいい!」

「濡れるのは面倒ね……でもまあ、天気もいいし、すぐに乾くかしら。」

「最悪、園内の売店でTシャツでも買えばいいよ。」

「えー、私は濡れるのイヤー。」

先生はそう言いながらも、ついてきてくれた。

俺たちはジェットコースターで思いっきり叫んで、水に濡れた。

「なんか、高校生らしいことしてるな、俺たち。」

俺はTシャツの裾を絞りながら、気が付いたらそんなことを言っていた。

「これが青春というものなのかしら。」

「そうだね。」

「なんだか、若返った気分だわ。」

幸人も美紗も先生も、楽しそうに笑っていた。


 「そろそろご飯にしよう。僕、餃子まんが食べたいんだけど。」

「肉まんの餃子版ってこと?何それ!うまそう!」

「いいわね。興味あるわ。」

「美味しかったら、今度、院のみんなで作りましょ。」

幸人は事前に、ご飯を食べる場所もチェックしていたようだ。

流石としか言いようがない。

「幸人って、モテそうだよな。何でもできるし、気が利くし。」

「え、何?急に。怖いんだけど。」

そんなやり取りをしていたら、美紗が急に笑い出した。

「あはは!みんなのお蔭で、今日はとても楽しいわ。誘ってくれてありがとう。」

美紗は、楽しそうに笑って言った。

「いい気分転換になったでしょ?」

「あまり、思いつめるなよ。俺たちは家族も同然。いつでも相談に乗るからな!」

「……私たちは、みんな、美紗ちゃんの味方よ。」

先生は、どこか言いづらそうにしていた――美紗を一度捨てた自分が、こんなことを言ってもいいのかと迷ったのだろう。

「あ、そろそろみんな喉乾かない?ちょっと買ってくる!幸人も一緒にいいか?」

そんな先生の様子を見かねて、俺は美紗と先生を残し、幸人と二人で飲み物を買いにいった。


 「美紗ちゃん、元気?」

「みゆき先生、どうしたんですか?元気ですよ!今日はとても楽しいです。」

「急にごめんね。よかったわ。美紗ちゃんの笑顔が見られて。」

「ありがとうございます。心配、してくれてたんですよね?」

「いいのよ。あなたたちを心配するのが、私の役目なのだから。」

「私、いつも思うんです。みゆき先生が、お母さんだったらよかったのになって。」

「え……?」

「あっ、ごめんなさい。みゆき先生は優しくて、綺麗で、理想のお母さんそのものだから……」

「美紗ちゃん、ありがとう。」

俺はどんな会話がされていたのか、実際に聞いてはいないが、飲み物を買って戻ると、先生の目元には今にもこぼれそうな涙が綺麗に光っていた。

その後も、俺たちは閉園の時間まで、めいっぱい楽しんだ。


 念のため、帰るときに施設長に電話をした。 

「もしもし、施設長?これから帰るから、あと一時間くらいで戻るよ。」

「わか……ザッ……気を……ザッ……て……ザッ……んだよ。」

「ん?聞こえづらいな。何か電波悪いみたいなんだけど。」

「ザッ……ザッ……ザッ……?」

もしかして――児童養護施設に盗聴器が仕掛けられてる?

施設長が今、児童養護施設のどこで電話に出たのか、聞くべきだろうか?

この会話も聞かれているのだとしたら、俺たちが盗聴器の存在に気づいたことがバレてしもうかもしれない――そうなったら、どうなるか分からない。

いや、推理小説の読み過ぎかもしれない。

だが、もし本当に仕掛けられていたとしたら、誰が何の目的で?

例の女か――?

大山さんのマンションから出てきたときに、俺たちの顔を見られていたとして、知らないうちに後を付けられていたとしたら――

俺は、電話を切った。

「可能性はありえるな……」

「颯介、何かあったの?」

幸人と美紗、みゆき先生が心配そうな顔をしてこちらを見ていた。

「俺たちの児童養護施設に、盗聴器が仕掛けられている可能性がある。」

とにかく、早く帰らなければ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ