二人の秘密
俺は施設長から話を聞いてすぐ、ムタのいる路地裏へと向かった。
――まずは、情報の整理がしたい。
その一心で、走っていた。
「ムタ!!!」
俺は室外機の上でうたた寝をしていたムタをゆすり起こした。
「急になんだ……颯介。」
ムタは欠伸をしながら、手足を伸ばした。
「そんなに息を切らして、何があった?施設長から、何か聞けたのか?」
ムタは後ろ足で頭を掻きながら、俺に言った。
「はぁ……情報が多すぎて……はぁ……お前の知恵を貸してくれないか。」
俺は膝に手をつき、息を切らしながらムタに言った。
「そう言うことか。お安い御用だ。」
俺は呼吸を整えてから、施設長から聞いたことを一つずつムタに話した。
施設長の前に施設長を務めていた人物がいたということ。
現施設長も孤児であったということ。
児童養護施設創設の記念樹を、裏庭に三本植えたということ。
その記念樹に現施設長が、天使の名前を付けたいと言ったということ。
記念樹には先代の施設長によって、ミカエル、ガブリエル、ラファエルと名前が付けられたということ。
記念樹に名前が付いていることは、これまで、誰にも言っていなかったということ。
例の暗号に書かれている『家と赤ん坊を抱いた天使』は、児童養護施設の紋章であるということ。
その紋章の存在を知っているのは、先代の施設長と現施設長のみであるということ。
先代の施設長が、十六年前に亡くなっているということ。
そして、現施設長が俺に『青柳さんには気を付けた方がいい』と言ったこと。
「なるほどな。いろいろと状況はわかった。まさか、施設長もあの児童養護施設で育っていたとはな……」
ムタが訝しげに言った。
「俺も初めて知ったんだ。十六年も一緒にいるはずなのに、施設長のことを今までちゃんと知ろうとしなかった。こうして、事件に巻き込まれてなかったら、施設長のことを知りたいなんて思わなかったかもしれない。すげぇ薄情だよな……俺。施設長は、俺にとって父親のような存在だって言うのに。」
こんなことを話しに来たんじゃないと、俺はハッとした。
「施設長も、わざとそう振る舞っていたんじゃないか。お前ら――息子たちに、なんの心配もなく、すくすく育ってほしいと願って。」
ムタはいつもより、低いトーンで真面目に答えた。
「そっか。ありがとう、ムタ。」
「よし、話を戻すぞ。例の暗号は、『家と赤ん坊を抱いたガブリエル』をモチーフにしている児童養護施設の紋章だったんだな。ということは、五千万円の隠し場所は児童養護施設ということになるな。」
ムタはそう言った。
「そういうことになる……のか?その隣に書かれていた木と下向きの矢印。これはどう説明する?」
俺は本当に児童養護施設に五千万円が隠されているのだろうかと、疑問に思った。
「普通に考えれば、「児童養護施設にある木の下」ということにならないか?颯介が聞いてきた話が真実ならば、児童養護施設の裏庭にあるガブリエルの木の下。俺はそう推測しているが。」
ムタがそう言ったとき、施設長と話している最中に一瞬よぎった疑問が、再び頭をよぎる。
「そうだ――この紋章の存在を知っているのは、先代の施設長と現施設長の二人だけ……ってことは、この暗号を考えたのって……」
「先代か施設長。どちらかになるな。」
ムタは、表情を変えることなく、冷静に言った。
俺は、状況は分かっていたけれど、混乱してしまった。
「そんな……ありえない。どうして……」
「颯介、先代は十六年前に亡くなったと施設長が言っていたんだろう?」
「ああ……そう言っていた。理由は教えてくれなかったけど。」
「これはあくまで、俺の仮説に過ぎないが……十六年前の銀行強盗事件の犯人が一人だけ捕まって、送検中に青柳の拳銃を奪い取って自殺をした。その自殺したやつが、もしかすると先代だったんじゃないか?」
ムタは真面目に仮説を話した。
「ムタはっ……!先代が、犯行グループの一人だったと言いたいのかよ!?」
俺は信じたくなくて、強い口調で言ってしまった。
施設長を大事に、優しく育ててきた先代に、そんなことができるのだろうかと俺は思った。
ついさっき知ったばかりの存在だが、施設長の恩人であるということに違いはない。
「信じたくない気持ちはわかる。だが、この仮説ならば、施設長が青柳を警戒する理由もわかる。大袈裟に言ってしまえば、父親を殺されたようなものだからな。すべてが繋がる気がしないか。颯介。」
俺は信じたくなかった。
だが、ムタの言う通り、俺は納得せざるを得なかった。
「はぁ……施設長は、知っていたのかもしれないな。先代が犯行グループの一人であったことを。だから、俺には亡くなった理由を教えてくれなかったんだ。きっと。」
「そうかもしれないな。お前、それを知ったら青柳を問い詰めに行くだろ?」
「そうだな。……いや、実際は、青柳さんが自ら先代を殺したわけではないし、あくまで奪われた拳銃で自殺してしまったわけだから、多少、怒るくらいかな……」
「で、どうする?」
ムタが俺の顔を見て言った。
「何を?」
「決まっているじゃないか!児童養護施設の裏庭のガブリエルの木の下!早速、掘り起こしてみるか?犯人よりも先に、俺たちで。」
「お前、猫なんだから、掘るのは俺一人だろ!でも、まだだ。俺は真実を知りたい。もう少し、犯人たちを泳がせてみよう。だから、この暗号のことは俺たち二人の秘密な!ムタ!」
「とは言っても、施設長にもその暗号を見られたんじゃなかったか?」
「施設長は、紋章の方に気を取られてたみたいだ。それ以上は見てないと思う。それに、例えすべて見ていたとしても、あの紙の出どころを施設長は知らない。問題ないだろ。」
「お前、割と適当なところあるよな……まあ、施設長のことも気にかけておこう。俺も児童養護施設には、まだ暫く通う。」
「わかった。」
暗号のことは、俺とムタだけの秘密にすることとなった。




