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満月の夜に猫は微笑む  作者: 涼木あきこ
24/54

進展

 翌日、俺は授業が終わるとすぐに、児童養護施設へ帰った。

食事当番だったからである。

恥ずかしいことに、幸人が今朝教えてくれるまで、すっかり忘れていた。

一週間の献立は施設長が決めてくれて、材料も買っておいてくれる。

とても恵まれた環境だ。

俺らが中学生になるまでは、料理も施設長とみゆき先生が交代で作ってくれてたっけ。

俺は最初、料理はまるっきりダメだったが、施設長が手取り足取り教えてくれた。

今では、俺なりに味付けもこだわりがあるほどだ。

キッチンに立っている俺に、幸人が話しかけてきた。

「そうだった、今日の食事当番は颯介なんだった…」

「お前が今朝教えてくれたんだろ?で、何か不満か?」

「いや……不満って訳ではないけど、何にでも辣油入れるのだけは勘弁してね。」

「えー、今日も試そうと思ってたのに。」

「試すのはいいけど、自分のやつだけにしてよ。」

「はいはい、わかったよ。絶対、美味いと思うけどなー。」

そう、俺は何にでも辣油をかけてしまう癖がある。

基本的には、レシピなどは見ずに、感覚で作るタイプだ。

食事当番の日は、できるだけ施設長のレシピにそって作るように心掛けているが、たまに辣油で遊んでしまうことがある。


 食事の時間、幸人が俺に言った。

「颯介。ずっと気にかけてはいたけれど……あの日から、美紗の様子、おかしいよね?心ここにあらずっていうか……」

「やっぱり、そうだよな……あんなこと、急に聞かされても簡単に整理できるものじゃない。受け止めるためには、それなりの覚悟が予め必要だったと思う。もう暫くしたら、きっと元に戻るんじゃないか?あいつは弱くない。だろ?」

「うん、そうだね。」

俺と幸人は美紗の様子が気になっていたが、もう暫く見守ることにした。


 夕飯の後片付けをしているとき、手伝ってくれていたみゆき先生が、俺に話しかけてきた。

「ねぇ、颯介くん。最近、美紗ちゃんの様子、おかしいわよね。何か、知らない?」

「あぁ……俺のせいなんだ。」

「……何があったか、聞いてもいい?」

みゆき先生は、いつも身に着けているペンダントを、片手で握りしめながら言った。

みゆき先生は、俺らが小学生の頃からお世話になっている、母親のような人だ――

「十六年前の銀行強盗事件の話って、聞いてる?施設長から。」

「……ええ、聞いてるわ。幸人くんのことも……美紗ちゃんのことも。」

みゆき先生は、途切れ途切れに話した。

「俺が幸人に美紗の父親の話をしてる時、たまたま美紗に聞かれちゃって……それ以来、ずっとあんな感じなんだ。」

「……え?」

みゆき先生の表情が、明らかに曇った――よく見ると、ペンダントを握りしめる手が震えていた。

「どうかした?」

「ううん、何でもないわ!」

みゆき先生はそう言うと、残りの食器を片付け、シンクの水につけて、そのまま去っていった。

「やっべ、もうすぐ青柳さんが来るんだった!」

みゆき先生の反応が気になったが、青柳さんとの約束を思い出して、急いで片付けをした。


 何とか片付けを終えて、一旦自室に戻った俺は、幸人に話した。

「このあと、青柳さんが遊びに来るんだ。十六年前の事件について、聞きたいことがあってさ。」

「そうなんだ。……颯介、ずっと言うかどうか迷ってたんだけどさ、あまり、深入りしない方がいいと思う。」

幸人は、真剣な面持ちで俺に言った。

「なんで?」

「なんとなく。そんな気がしたから。」

「大丈夫。もうとっくに、覚悟はできてるんだ。俺は、本当のことが知りたい。」

「まったく……そうと決めたら、絶対に折れないよね。颯介は。」

「ははっ、よくわかってんじゃん。」

「当たり前だよ。何年一緒にいると思ってるの。……ただ、前にも言ったけど、颯介は一人じゃない。危険な目に合うのであれば、僕も巻き込まれに行くからね。」

「二回目だな、その言葉。」

俺と幸人は笑いあった。


 幸人と話をしてから間もなく、青柳さんが児童養護施設へやってきた。

「やあ、颯介。」

「あれ、今日は溝端刑事は一緒じゃないんだ。」

「おや、連れてきた方がよかった?」

「いや、いい!!」

俺の反応を見て、青柳さんは笑っていた。

ムタは、俺たちから少し離れた茂みに身を潜めていた。

青柳さんにはムタの声は聞こえないし、出てきても問題はないと思うのだが。

「さっそくだけど、十六年前の銀行強盗事件について聞かせてくれ。」

「いいとも。何から聞きたい?」

青柳さんはニコニコしながら言った。

「青柳さん、当時、犯人送検中の車に乗ってたりした?」

「……ああ、乗ってたよ。まさか、隣に座っていた刑事の銃を奪って、自殺するなんて思ってもなかった。」

「待って、もしかして、その刑事って……」

「そう、僕さ。」

気が付くと、青柳さんの笑顔が消えていた。

「そのとき、青柳さんしか乗ってなかったの?」

「うん、運転手を除けばね。」

「そっか……変なことを思い出させてごめん。悔しかっただろ?犯人に死なれて。」

「そりゃあ、ものすごく悔しい思いをしたよ。……他にも聞きたいことはあるかい?」

そう言うと、青柳さんはいつもの顔に戻った。

「じゃあ、青柳さんの他に、銀行強盗事件を追っていた人って誰?」

「数えきれないほどいたよ。前によく話した赤川も、その一人さ。」

赤川刑事――

かつて、青柳さんとバディを組んでいた刑事だ。

今になって、またその名前を聞くとは驚いた。

青柳さんは昔から、赤川刑事の最期の話をしたがらなかった。

今なら、話してくれるかもしれない。

「赤川刑事って、殉職しちゃったんだよな?そのことについてなんだけど……」

「そうだよ……彼は殉職した。おっと、話がそれてしまったね。銀行強盗事件の話に戻そうか。」

またしても、はぐらかされてしまった――赤川刑事の件は、これ以上は聞けそうにない。

「それじゃあ、次は……二件の殺人事件の被害者宅で見つかった暗号のことだけど、何かわかったことはある?」

俺は、例の暗号についても青柳さんに聞いてみた。

「それがさぁ~、全く見当が付かないんだよね。困ってるんだよ。警察も。」

青柳さんが胸ポケットから何かを取り出そうとしたとき、強い風が吹いて、胸ポケットから出てきた一枚の紙が飛ばされていってしまった。

その先に、施設長が立っていた。

「ごめん、施設長!それ、取ってくれる?」

俺は施設長に頼んで、飛んで行ってしまった紙を拾ってもらった。

「ガブリエル……」

紙を見たとき、施設長は何かを言いかけてから、俺に手渡した。

「あ、青柳さん。いらしてたんですね。では……」

「あの、施設長さん!何か知っていることがあるなら、教えてくれませんか。」

青柳さんが、施設長を呼び止めた。

「見間違いです。何でもありませんので、気にしないでください。」

そう言って、施設長はそそくさとどこかへ行ってしまった。

ガブリエル――施設長は確かに、そう言った。

この暗号の天使のことを指しているのだろうか。

「ガブリエルって何だ…?」

俺はつい、口に出して言ってしまっていた。

「えーと、確か、ガブリエルは大天使の一人で……」

「それは知ってるよ!俺も!」

「驚いた!ちゃんと勉強もしてるんだね。」

青柳さんは、俺をからかった。

「最後にもう一つ!大山さんのマンションの前にいた人は何が目的だったのか、青柳さんの推理を聞かせてくれない?」

「大山さんの部屋で見つけた備忘録、あったでしょ?あれを処分することが目的だったんじゃないかな。十六年前の事件のことがいろいろと書かれていたからね。都合が悪かったんじゃないかな。まあ、僕たちの方が一歩早かったわけだけど。少し前のドキュメンタリー番組に彼が出てて、そこで言ってたんだ。二十年前から、備忘録を残してるって。大山さんがあのマンションに引っ越したのはここ数年のことらしいけど、まさか十六年も前のノートを処分せずに持ってるなんて驚いたよ。まぁ、十六年前に犯した罪を忘れないようにしていたのかもしれないね。」

「確かに……ってことは、復讐の線はもうないってことで合ってる?」

「うん、合ってる。多分ね。」

青柳さんは、微笑みながら言った。

今までは、「復讐説」と「独り占め説」が浮上していたが、今は「独り占め説」が濃厚のようだ。

それから数分、青柳さんと何の変哲もない話をし、別れた。


 俺と青柳さんが話していたその一方で、ムタは施設長からご飯をもらっていたらしい。

「男爵じゃないか。今日も来ていたのかい?ちょっと待ってて、ご飯を持ってくるからね。」

そう言って数分後、施設長はムタの元へと、ご飯を持って戻った。

「今日は、心が穏やかではなくなってしまったよ。全て、あの男のせいだ……」

施設長がそう言ったのを、ムタはしっかりと聞いていた。

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