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満月の夜に猫は微笑む  作者: 涼木あきこ
23/54

敬愛

 宿題が思った以上にあったせいで、夜中まで頑張ってやっと終わらせた俺は、少し寝不足のまま登校した。 

眠気と闘いながら、なんとかすべての授業を受け終えた。

「おい、大丈夫か?」

市川先生が、げっそりした俺を見て、話しかけてくれた。


「いや、俺も驚いたんですよ。宿題が思った以上にあったから……」

「その宿題は、前から出していたものだ。一日でやろうとするのが悪い。」

「ははっ。そう言われたら、何も言い返せないすね。」

俺が困ったように笑ったのを見て、先生が言った。

「なぁ、最近、何かあったのか?」

「え……。まぁ、何もないと言ったら、嘘になりますね。」

俺は、正直驚いていた――先生には、何も聞かれないだろうとどこかで思っていたからだろうか。

「言いたくなければいい。ただ、無理はするなよ。」

「ありがとう……ございます。」

俺はそう言って、教室を出た。


 「本人にも軽く聞いてみましたが、話したくはなさそうでした。」

「はい……はい……。今後もしっかり、彼の様子は見ておきますので。それでは。」


 下駄箱の前でクラスメイトたちと合流し、校門を出て暫く歩いていると、後ろからムタの声が聞こえてきた。

「颯介、ちょっといいか。」

「悪い、ちょっと忘れ物した!先に帰ってて!」

「おー。じゃあ、また明日なー。」

俺はクラスメイトたちに先に帰るよう伝え、ムタに路地裏に来るよう合図をした。


 「どうしたんだ?施設長と青柳さんのこと、何か進展があったとか?」

「いや、その件は昨日の今日で、まだ何も進展はない。」

「じゃあ何だ?何か、俺に話があるんだろ?」

俺がそう言うと、ムタはぽつりぽつりと話し出した。

「夢の続きを見た。十六年前の銀行強盗事件で倒れていた妊婦の女性は、やはり俺の妻だった。妻は日に日に弱っていって、見るに堪えなかった。子供を産んだら自分の身体がもたないかもしれないと言われても、彼女は子供を産むと言った。俺は、なんて強い女性なんだろうと思った。母親というものはそういうものなのかもしれないな。」

ムタはとても悲しそうに、下を向いて話していた。

「まだ、続きがあるんだろ?」

ムタはこれ以上、あまり話したくなかったのかもしれない。

だが、俺は聞いてあげなければならないような気がした。

「ああ……思い出したくないこともあった。俺の妻は、子供を産んで間もなく死んだ。しかも、俺は妻の最期に立ち会えなかったんだ。駆けつけたときには、元気に泣きわめく赤ん坊と、ピクリとも動かない妻がいた。悲しい気持ちと怒りで俺は震えてた。」

ムタは肩を落としていた。

俺も咄嗟に言葉が出ず、暫くの間、沈黙が続いた。

すると、ムタが先に口を開いた。

「俺の子供は今、どこで何をしてるんだろうな?颯介、お前は今まで、寂しいと思ったことはあるか?」

「なかったよ。俺は、施設長や幸人たちといつも一緒にいたからな。まあ、本当のことを知ったときは流石に、少しだけ、そんな気持ちになったりもしたけどな。その気持ちを『寂しい』と呼ぶなら、それが初めて、寂しいと思ったときだったよ。」

「そうか……俺の子供も、新しい家族と楽しくやってればいいんだけどな……」

「ムタと、意思の強い奥さんの間に生まれた子供なんだろ?そんなの、強い子に決まってるじゃん。」

「はは、それはそうだ。颯介、ありがとう。」

下を向いていた顔を上げて、ムタはそう言って笑った。


 「そうだ、大事なことをまだ言っていなかった。」

「今の話以外になんだよ、大事なことって?」

俺はすべてを聞いたつもりでいたため、もう帰る気満々だった。

「前に話しただろ?俺がみんなのヒーローだったらしいって話。」

「ああ、確かにそんなこと言ってたな。何かわかったのか?」

「そうなんだ。何だと思う?」

ムタはもったいぶって、なかなか言おうとしなかった。

「まどろっこしいぞ、ムタ!いつもは俺にたらたら話すなとか言うくせに!」

俺は少しだけ、いじけて見せた。

「すまんすまん、ついな。単刀直入に言うと俺、刑事だったらしい。それも、十六年前の銀行強盗事件を追っていた刑事の一人だった。犯人のうちの一人が拳銃で自殺したのは知ってるな?そのことを悔やんでいたことを思い出したんだ。だが、送検中の車には俺は乗っていなかった。」

「まあ、そこは置いておくとして。俺は刑事だった。前、聞いたことがあるよな。お前にとってのヒーローは何だ?と。その時にお前、何て答えたか覚えているか?」

ムタはニヤニヤと笑いながら、俺に問う。

俺は、はっきりと自分の言ったことを覚えていた。

だが、ここで、このタイミングでそれを言うのは、なんか恥ずかしい気がした。

「あれ?もしかして、覚えてなかったりして?」

ムタがちゃかしてくる。

「……いじ。」

「ん?聞こえないぞ!もっと大きな声で話せ!」

「刑事!!!!!」

「ふふん!よくできました!」

ムタは、誇らしげに言った。


 「で、ムタは十六年前の銀行強盗事件の担当をしていた刑事の一人だったと。」

「そうだ。だが、まだ記憶が完全に戻ったわけではない。一緒に捜査をしていたやつらの名前も顔も思い出せない。犯人を死なせてしまったという後悔だけが、未だに残っている。まあ、俺が送検中の車にいたら何かが変わっていたかもしれないとか思うほど、うぬぼれているわけではないのだが……」

ムタは悶々としているようだった。

元々、ものすごく正義感が強くて、優しい人だったのだろうと俺は思った。

そういえば、威圧的で嫌なやつだったんじゃないかと思っていた時期もあったっけ。

「なあ、ムタ。十六年前の事件のこと、青柳さんなら何か知ってるんじゃない?」

「なるほど、その手があったか!今夜あたり、児童養護施設でどうだ?」

「いや、流石に急だと厳しいと思う。俺から連絡入れておくよ。明日の夜、会えない?ってね。」

「わかった。明日の夜、俺も児童養護施設に行く。では、また明日な、颯介。」

ムタの背中が、なんだかいつもより小さく見えた。

「ムタ!ちょっと待って!」

俺はムタを、ぎゅーっと抱きしめた。

流石はムタ、いろんなところでご飯をもらっているだけあってフワフワ、いや、ブクブクしている。

「おい!颯介、急に何をする!?」

「いーじゃん!たまには。」

ムタはぶつぶつ文句を言いながら、路地裏の暗闇へと去っていった。


 「もしもし、青柳さん?」

俺はムタと約束した通り、青柳さんに約束を取り付けるために電話をした。

「颯介?何かあった?」

「ねえ、青柳さんって、十六年前の銀行強盗事件の捜査メンバーだった?」

「……ああ。そうだけど、それがどうかしたかい?」

一瞬だけ、間があったのを俺は聞き逃さなかった。

――青柳さんは、何かを知っている。

「これまでの連続殺人事件に、十六年前の銀行強盗事件が絡んでるのは間違いない、青柳さんもそう思ってるって言っていただろ?だから、十六年前の事件で知っていることを教えてほしいんだ。俺にも。」

「はは。こういう情報って、本当は外部に漏らしちゃいけないんだけどね。仕方ない、颯介には教えてあげるよ。ここまで巻き込んじゃったしね。」 

「恩にきるよ!青柳さん!」

俺は明日の夜、児童養護施設まで来てほしいと伝えて、電話を切った。


 「あれ、青柳さん、何か楽しそうですね。」

「そう?」

「ええ。普段、あんまり見ないですから。そうやって、純粋に笑ってるところ。」

「何それ~、失礼だなぁ。僕はいつも、純粋に笑っているというのに。」

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