記憶の断片その三
颯介と別れたムタは、路地裏のいつもの室外機の上で一人考え事をしていた。
「施設長と青柳ねぇ……」
児童養護施設に行った時の記憶を掘り返すが、確かに、二人が一緒にいるところは見たことがない。
自分はともかく、十数年、付き合いのある颯介や幸人も見たことがないというのは違和感がある。
これもまた、十六年前の事件との因縁があるのだろうか――
今までのパターンからすると、その可能性が高い。
ムタ自身も、今までの夢の出来事が本当に起きた事だったとするならば、十六年前の銀行強盗事件に妻が巻き込まれている。
「あまり信じたくはない話だがな……」
ムタはそう思いながら、眠りについた。
――ここはどこだ?
一面、真っ白な部屋にベッドが一台、その傍らに木製のチェストが置いてある。
ベッドの上には女性が横たわっており、モニターの音だけが室内に響いている。
どこかの病院の個室のようだ。
ずっと見つめていると、女性が目を覚ました。
「そばにいてくれたの?ありがとう。でも、ダメよ。あなたが今、為すべきことは犯人たちを捕まえることなんだから。私の心配はしないで。みんなのヒーローさん。」
――犯人を捕まえる?
場面は変わって、先程と同じ女性がこちらを見て微笑んでいる。
病院の敷地内にある庭のベンチのようだ。
「何かあったの?悔しい!って顔をしているけれど……」
「そう……犯人の一人が自殺しちゃったのね……でも、あなたはその場にいなかったんでしょ?」
「なるほど、犯人を死なせてしまったことが悔しいのね。でも、やっぱりあなたは優しい人よ。こうして、五分、十分だけでも、毎日私に会いに来てくれるのだから。お腹の子も喜んでるわ。今、動いた!」
――犯人が自殺?
また場面は変わって、先程の女性がベッドによこたわったまま、優しく微笑んでいる。
「思いつめた顔をして、どうしたの?」
「そう……進展がないのね……でも、まだ事件から一週間も経ってないのよ?きっと、これからだわ。」
「どうしてあなたが謝るのよ。悪いのは犯人なんだから!」
「え?私の傍にいられないことに対して……?私の心配はしないでって言ったでしょ?私はあなたと結婚すると決めたときから覚悟できてたもの。みんなのヒーロー、刑事の妻になる覚悟よ。」
――みんなのヒーローが、刑事?
声だけが聞こえてくる。
「――さん、本当によろしいのですか?あなたの身体が、もたないかもしれませんよ。」
「構いません。この子は、私たちにとっての宝物なんです。最初から、選択肢なんてありません。」
「旦那さんには、もう伝えたのですか?」
「……いえ、まだ言っていません。」
「ちゃんと、二人で話し合われることをおすすめします。」
「……わかりました。主人とも相談します。」
――この会話は何だ?
あの女性と、医師……?だろうか。
先程の女性が、ベッドに横たわっている。
「大丈夫よ。心配しないで。」
そう言う女性の頬には、涙がつたった痕が残っていた。
「さすが、刑事さんね。実は私、死ぬかもしれないって言われているの。この子を産んだらね。」
「嫌よ。私はこの子を産むって決めたの。あなたが何と言おうと。それに、可能性の話でしかないわ。助かることだってありえるもの。わかってくれるわよね?」
そう言って、にっこりと微笑んでいる。
――自分が死ぬかもしれないと知っていて、子供を産む決意をしたのか。
この女性は、強いな。
また、声だけが聞こえてくる。
「おぎゃあ!おぎゃあ!おぎゃあ!」
「体重三千四十五グラム、元気な男の子ですよ。」
女性は、ベッドの上に横たわったままだった。
いつも笑顔だったあの女性が、ピクリとも動かない。
「この子を産んでから、間もなく……」
どうして――
ムタはハッと飛び起きた。
呼吸が荒く、胸がしめつけられているようだった。
また、夢を見ていた――
俺は刑事だった。
みんなのヒーローというのは、そういうことだったのか。
颯介が言っていた通りだったと、ムタは思っていた。
そしてやはり、あの女性は俺の妻で、十六年前の銀行強盗事件に巻き込まれていた。
事件があった日から、日に日に弱っていったのも、見て取れた。
自分が死ぬかもしれないとわかっていながら、子供を産んだ。
その、自分の命と引き換えに残してくれた子供はどうした?
今、どこで何をしているのだろうか?
母親は死に、父親である俺はなぜか、こうして猫として生活をしている。
――たった一人で、寂しい生活をしていなければいいのだが。
「思い出したくないことも、あるもんだな……」
ムタは暫くの間、亡くなった妻に思いを馳せていた。




