渦巻く感情
俺が自室に戻ると、幸人が起きていた。
まだ疲れが取れていなかったようで、眠そうに目をこすっている。
「おはよう、颯介。珍しいね、君が僕よりも先に起きてるなんて。」
「だな。お前、相当疲れてたんだろ。もう少し寝れば?今日は振替休日なんだし。」
「そうしたいところなんだけど、先に宿題を終わらせてしまいたくてね。」
「お前って本当、真面目だよな……げっ!宿題!俺も出されてたんだった!」
「ははっ。また、宿題の量を倍にされるところだったね。」
幸人は肩を震わせて笑っている。
俺は以前、宿題を忘れて、市川先生に宿題の量を一日だけ倍に増やされたことがあった。
その話が幸人にとってはすごく面白かったらしく、何かにつけてその話を持ち出してくる。
「まあ、その話はおいておいて……颯介、何かあった?」
幸人は笑うのをやめ、真面目に俺と向き合った。
「……なんでそう思う?」
「なんとなく。」
「はは、お前にはかなわねぇな。この前の学園祭で、施設長と青柳さんが話しているのを初めて見ただろ?今まで、少なくとも俺たちの前で会話するところを見せなかった二人が。それが気になるんだ。昔、二人の間に何かがあったんじゃないかってさ。」
「それは僕も気になってた。でも今は、直接聞いてもきっとはぐらかされるだろうし、まずは様子を見ようよ。」
「そうだな。一旦、そうする。」
俺は幸人に同意し、今は暫く様子を見ることにした。
ムタにもこのことは相談しているし、今は自分で動くべきときではないだろうと思った。
「なあ、幸人。宿題の前に、もう少し俺の話を聞いてくれるか?」
そういえば、まだ幸人に話していないことがあったのを思い出した。
「どうしたの?改まって。」
「十六年前に病院から誘拐された乳児の記事、前に一緒に見ただろ?覚えてるか?」
「うん。覚えているよ。」
「それ、俺だったらしい。」
「ええ!?何それ!?どういうこと!?」
「はは!いいリアクション!俺もこの間、施設長に聞いて、初めて知ったんだ。事件の数日後、この児童養護施設に置き去りにされてたんだと。」
「ごめん、何て言ったらいいのか……言葉が見つからないよ。」
「大丈夫、慰めてほしいとかじゃないし。ただ聞いてもらおうと思っただけ。お前に。」
「そっか。強いな颯介は。話してくれてありがとう。」
「それと、もう一つ……これは、まだ美紗には言わないでおいてほしい。……十六年前の銀行強盗事件で亡くなった男性客、美紗の父親だったらしいんだ。」
「ガタガタガタッ」
部屋の外から、何かが崩れ落ちる音がした。
まさか――と思って、部屋のドアを開けると、部屋の前には本が散らばっており、美紗がその場で立ち尽くしていた。
「……ごめんなさい。盗み聞きしていたわけじゃないの。」
そう言う美紗の声は震えていた。
聞かせてしまったからには、秘密にするわけにはいかない――知っていることを話すしかないと思い、美紗を自室へと招き入れた。
「美紗、悪かったな……俺が不用心すぎた。……どこから聞いてた?」
「十六年前の銀行強盗事件で亡くなった男性客が、私のお父さんだって言ってたところをたまたま通りがかったの。でも、気にしないで。私も近々、施設長に聞きに行こうと思ってたから。」
そう言って、美紗は俺に笑いかけるが、無理をしているように見えた。
施設長から聞いた、知っている限りのことを美紗と幸人に話した。
「すごく妙な話だよね。」
幸人が話し出す。
「僕と颯介と美紗。ある意味、三人とも十六年前に起きた事件の被害者なんだから。」
「颯介も?一体、どういうこと……?」
状況を把握できていない美紗にも、俺がこの児童養護施設に来ることになった理由を話した。
美紗はとても驚いていた。
それは、当たり前の反応だろうと思う。
「俺が連続殺人事件に巻き込まれたのも、たまたまではない気がするんだ。この連続殺人事件は間違いなく、十六年前の事件と関連している。――俺は運命だと思ってる。真実を知りたい。」
「……それが無慈悲な真実だったとしても、颯介は後悔しない?」
美紗が俺に言った。
「ああ、俺はどんな真実が待っていたとしても、受け止める覚悟ができてる。」
「颯介は強いのね。話してくれてありがとう。それじゃあ私、部屋に戻るわ。」
美紗はそう言って、俺たちの部屋から出ていった。
部屋を出た美紗は、なんとも形容しがたい感情にさいなまれていた。
「お父さんが生きていたら?お母さんも、私を捨てなかった?私も、学校の友人たちのように、本当の家族に囲まれて幸せな生活ができてた?すべて、十六年前の事件のせいで……私のすべてが狂った……」
美紗は自身に起きた事のすべてを受け止めきれなかったのだろう。
やがて、これらの感情が渦を巻いて、美紗の復讐心を駆り立てることになるなんて、俺は思ってもいなかった。
「颯介。美紗のことは、暫く気にかけてあげようね。一見、大丈夫そうに見えるものほど、あっという間に壊れてしまったりするからね。」
「ああ、わかってる。」
幸人は同い年とは思えないほど、大人びていて達観している。
「俺も見習わないとな~。」
「ん?何を?」
「何でもねぇよ。」
俺は鼻をこすりながら、幸人に背を向けて言った。




