疑惑
翌朝――
「颯介!起きやがれ!忘れてたってだけじゃ、許さんぞ!」
朝から、ムタの怒鳴り声で目が覚めた。
幸人はここ数日、学園祭の準備で忙しそうにしていたから、疲れていたのだろう。
窓の外から聞こえる、うるさい猫の声にも全く反応せずに、ぐっすりと眠っていた。
ムタはやはり、俺が学園祭に連れていかなかったことを不満に思っていたようだ。
さっきから俺に向かって、たらたらと文句を言っている。
「だから、悪かったって!」
「ふんっ!もういい!俺にかかれば、一人でだって入れるんだからな!」
「それならいいじゃないか、そんなにいじけなくたってさ。」
「いじけてなどいない!実際、俺は学校に行っていろんなやつに飯をもらったしな。大満足だ。」
「さっきまでの文句は何だったんだよ……」
「お前、まだわかってないな!?俺は、お前が俺との約束を忘れたことに対して怒っているんだ!!」
「だから、悪かったよ……これからは気を付けるって。」
「うむ。わかったなら、良しとしよう。」
出会った頃から、ムタの態度は威圧的であった。
元々は人間だったというのだから、相当、嫌な奴だったのではないかと疑ってしまう。
一体、どんな人間だったのだろう――俺は、ムタの正体が気になって仕方ない。
ムタと話しているとき、施設長と青柳さんのことをふと思い出した。
「そういえばさ……俺が考えすぎているだけなのかもしれないんだけど……」
「なんだ?」
「施設長と青柳さん、お前も知ってるだろ?」
「ああ、もちろん知っているとも。」
「あの二人が話しているところを、今まで一度も見たことがなかったんだ。」
「え?あの、へらへら警部は十年以上、この児童養護施設に通ってるんじゃなかったか?」
「そうなんだけど……」
「さっきから何故、途切れ途切れに話すんだ。話すならちゃんと話せ。」
「ああ……よく考えてみれば、今まで青柳さんがいるとき、施設長はほとんど顔を出さなかったんだ。たまたま庭とかで鉢合わせても、会釈するだけでさ。会話ってものが一切なかったんだ。でも、この前の学園祭で、二人が会話しているのを初めて見た。幸人も二人が話しているのを見たのはこの時が初めてだって言ってた。俺が何話してたんだ?って聞いたら、二人とも誤魔化すし。ムタも気にならないか?」
「なるほど。それは、怪しいな。二人の間で、何かがあったと疑う要素しかないじゃないか。」
「だよな……俺もそう思うんだけど……俺が知っていいことなのかって、思ったりもしてさ。」
この時、俺には少しだけ躊躇いがあった。
今思えば、誰かに背中を押してもらいたくて、ムタに話したのかもしれない。
「気になるんだろ?だったら、気の済むまで自分の意志を貫け。」
ムタが俺にそう言った。
「ああ、俺、やっぱり気になる!!」
「その意気だ。尻込みするのはお前らしくないぞ、颯介。」
「猫に何がわかるんだか。」
「だから、元々は人間だったと言ってるだろ?多分……」
そう言って、俺とムタは笑いあった。
「今となっては、俺もこの児童養護施設には結構通っているからな。施設長からも、飯をもらうことがあるぞ!」
「まじかよ。ちなみに、施設長はお前のこと、なんて呼ぶんだ?」
「男爵。」
「男爵!?あはは!!それは傑作だ!!」
「いいじゃないか、男爵。俺は結構気に入ってるんだがな。それはともかく、俺も暫くの間は、毎日ここに通う。その中で得られた情報はお前に教える。施設長も、人間には相談できないことがあるかもしれないしな。」
「なるほど、人間の代わりに猫に相談、か……それもそうだな。ありがとう、ムタ。よろしく頼むよ。」
ムタも、青柳さんと施設長の関係について気にしておいてくれるようだ。
こういうときは猫の手を借りるのも、悪くないだろう。




