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満月の夜に猫は微笑む  作者: 涼木あきこ
19/54

学園祭

 「いよいよ当日か。今週は何か、あっという間だったな……」

「そうだね。テスト前みたいなものだよ。なんだかんだ、ギリギリまでみんな本気を出さないでしょ?まあ、それが逆に一体感を生み出してる感じはするけどね。」

幸人は冷静に、周囲を分析していたようだ。

「二人とも、今日は午後までには行くわ。楽しみにしてるわね。」

俺のクラスがお化け屋敷だと言ったときのテンションの上がり方ときたら、いかにも美紗らしかった。

「颯介、幸人、私たちも午後からお邪魔するよ。久しぶりに学校行事に呼ばれたものだから、どんな服装で行けばいいのか悩んじゃうよ。」

「私なんか、今日のために新しい服を買っちゃった。」

施設長も美魔女も、いつもよりウキウキしているように見えた。

きっと、かなり楽しみにしてくれているのだろう。


 「じゃあ幸人、またな!あとでお前んとこのたこ焼き、食いに行くから!取っといて!」

「えー、取り置きは禁止だよ。」

「いーじゃん。ケチ!」

「仕方ないなぁ。午後までに取りに来るならいいよ。」

「サンキュー!幸人!」

校内の下駄箱で幸人と別れ、俺は自分の教室へ向かった。

俺は、お化け屋敷内で落ち武者になって驚かせる役を担うことになっている。

後で遊びに来るであろう美紗を、いかに驚かせられるかをひたすら考えていた。

美紗はオカルト好きで、基本、お化け屋敷などは怖くないと思っているタイプだ。

昔、こっくりさんとかも平気でやっていたっけ――

だが、そんな美紗を驚かせるための秘策を、俺はみんなにも内緒で用意している。


 「ギャー!!」

二人組みの女子が悲鳴を上げながら、お化け屋敷の出口から走って出ていった。

俺の秘策は、普通の人には、かなり効果ありだったようだ。

「お次、お待ちの方ー、どうぞお入りください。あれ、お一人ですか?」

「はい、一人です。他の子たちは苦手みたいなので。」

「入った人はみんな、口を揃えて、かなり怖いって言うけど、お一人で大丈夫ですか?私も同行しましょうか?」

「いえ、結構です。私、こういうの、大好きなので。」

受付の女子と、美紗の会話が聞こえてきた。

「よしっ!少しくらいは驚いてもらわないとな……!」

俺は気合いを入れた。


 「コツコツコツコツ」

美紗の足音が聞こえてくる。

「ころしてやる……!ころしてやる……!」

一人目のお化けが、美紗の方へ飛び出した。

「あら、なんて端正なお顔立ちのお化けなのかしら。」

「ど、どもっす……」

クラス一のイケメン扮する農民ゾンビを見た美紗の一言と、それに反応してしまうイケメン農民ゾンビ。

美紗は全く怖がることなく、どんどん先へ進んでいった。

「う~ら~め~し~や~。」

二人目のお化けが、美紗の方へ飛び出した。

「あら、なんて美しくて素敵なお化けなのかしら。」

「あ、ありがとうございます……」

クラス一の美少女扮する幽霊を見た美紗の一言と、それに反応してしまう美少女幽霊。

予想はしていたが、俺の前のやつらは、余裕で突破されてしまったようだ。

次は俺、落ち武者の出番――

秘密兵器の『こんにゃく』を使うときが来た……!

「一生、お前を……恨んでやる……!」

俺は渾身の力を込めて、こんにゃくを美紗に向かって投げつけた。

「きゃっ!」

美紗が一瞬、ひるんだ。

よしっ!と思った瞬間、美紗が淡々と俺に話しかけた。

「あら、颯介、こんなところで落ち武者役をしていたのね。でも、こんにゃくは予想外だったわ。ド定番の仕掛けだから、今時ないと思っていたけれど。逆にびっくりしちゃった。」

美紗はそう言って、颯爽と出口へと向かっていった。

こんにゃくは、今だからこそ逆に使える……っと、俺は頭の片隅にメモを残した。


 「あら、美紗ちゃん。」

「あ、みゆき先生。来てたんですね。」

外から、美紗とみゆき先生の話し声が聞こえた。

「お化け屋敷、颯介くんがいるんでしょう?入りたいけど、一人じゃ怖くて。よかったら、一緒に入ってくれる?」

「もちろんです!」

どうやら今度は、美紗とみゆき先生が一緒に来るらしい。

美紗にはもう、こんにゃくは通用しないだろう――どうするか。

みゆき先生を思いっきり驚かせて、驚いたみゆき先生の悲鳴で、美紗を怖がらせることはできるだろうか。

そうこう考えていたら、美紗とみゆき先生が俺の目の前を通り過ぎようとしていた。

「ちょっ、まっ……」

俺は間違えて、美紗ではなく、みゆき先生の肩を後ろから掴んでしまった。

「ぎゃぁぁぁぁあぁぁあぁぁぁあ!!!!!」

みゆき先生は、驚いて前方へ走ろうとした拍子に、転んでしまった。

「ごめん!みゆき先生!俺だよ!颯介!」

俺はみゆき先生に駆け寄った。

「なんだ……颯介くんか……。」

「ごめん、ちょっとやりすぎちゃった。怪我はない……?」

「ええ、大丈夫。私、ちょっと怖いの苦手なのよね。」

みゆき先生は、はにかんで言った。

「あれ?珍しい。いつものペンダント、今日はしてこなかったの?」

みゆき先生がいつも身に着けているペンダントが見えず、俺が言った。

「……え?」

みゆき先生は、暗がりでも分かるくらいに目を見開いて、自分の首元を触った。

「あ、あったわ。ここに落ちてる。」

床に落ちていたみゆき先生のペンダントを、美紗が拾おうとした。

「だめ!!!!!!」

拾おうとした美紗の手を、みゆき先生が制し、みゆき先生は自らの手でペンダントを拾い上げた。

「みゆき先生……?」

美紗が言うと、みゆき先生はハッとした顔をしてから、申し訳なさそうに言った。

「ごめんね、美紗ちゃん。驚かせてしまったわよね。このペンダント、すごく大事なものなの。それで……」

「私は大丈夫です、気にしないでください。私の方こそ、無暗に……ごめんなさい。」

「ううん。美紗ちゃんは何も悪くないわ。」

そんな会話を一部始終聞いていた俺は、驚いた――恐らく、美紗も同じだろう。

みゆき先生があんなに声を荒げたのを、今まで一度も聞いたことがなかった。

そういえば、俺が昔、先生のペンダントに触れようとしたときも軽く怒られたっけ。

あのペンダントには、何か秘密があるのだろうか――


 午前の部が終わり、役を交代して、休憩時間に入った。

俺は急いで幸人のクラスにたこ焼きを取りに行った。 

「遅いよ、颯介。」

「悪い悪い、着替えに少し手間取っちまった!」

息を切らしている俺を見た幸人は、お茶とたこ焼きを持ってきてくれた。

「お疲れさま。ここで食べていけば?」

「おお!サンキュー!気が利くな。」

「で?美紗を驚かせられたのかい?」

「うーん。あれは引き分けって感じかな。多分。」

「そう、少しは驚いてもらえたってことかな?ところで、今朝言ってた秘策ってなんだったの?」

「こんにゃくだよ……」

「こんにゃく……?」


 「やあ、颯介と幸人くん。」

二人で話していたら、青柳さんと溝端刑事がやってきた。

「やっぱりついてきたね、あの刑事。」

幸人が俺に耳打ちをした。

「面白そうなことやってるじゃねーか。」

溝端刑事はいつもの仏頂面を捨てて、楽しそうにしている。

「ずっとそういう顔していればいいのに。」

俺は思ったことをつい、口に出してしまった。

「今、なんか言ったか?」

「いや、別に。」

「相変わらず、生意気なガキだな。まったく。」

そのやり取りの一部始終を見ていた青柳さんと幸人は笑いをこらえているようだった。

青柳さんと幸人の笑いのツボは、少し似ているところがあるかもしれない。


 「ごめんね、何を着ていくか迷っていたら、少し遅くなってしまったよ。」

「施設長!来てくれてありがとう。」

俺と幸人は感謝を込めて言った。

「うーん、でも、全身白のスーツはちょっと目立ち過ぎかも……?」

「そうかな……?一番オシャレな服、と思って選んできたんだけど……」

「ま、まあ、大丈夫!楽しんでいってくれよ!施設長!」

施設長の真っ白な姿に、他の生徒たちの視線が集まっている。

「あ、青柳さんもいらしていたのですね。いつもお世話になっております。」

青柳さんを見つけた施設長が話しかけた。

「こちらこそですよ、施設長さん。颯介には今、いろいろと手伝ってもらってて。」

「くれぐれも、危険な事件とかには巻き込まないでくださいね。まだ高校生ですから。」

「それはわかってますよ。危険なことはさせませんので、ご安心を。僕もついてますしね。」

「それが心配なんですけどね……」

「ん?今、何か言いましたか?」

青柳さんと施設長が何かを話しているようだったが、お互い顔が笑っていなかった。

なんの話をしていたのだろうか――俺はとても気になった。

「なあ、二人で何の話してんの?」

俺が話しかけると、施設長と青柳さんは誤魔化すようにして笑った。

「あぁ、颯介。何でもないよ。挨拶をしていただけだから。」

「そうそう。颯介は気にしないで。ほら、せっかくのたこ焼きが冷めちゃうよ!」

そういえば、児童養護施設に青柳さんが遊びに来ても、施設長は会釈するだけで、二人で会話しているところを見たことは、今まで一度もなかった気がする。 

「あの二人が会話しているところ、初めて見たよね。」

俺の隣で幸人が言った。

「ああ……俺も同じことを考えてたところ。昔、あの二人の間に何かあったとか……?」

「まあ、詮索するのはよそうよ。今日はせっかくの学園祭なんだから。楽しまないと損だよ。」

幸人はそう言って、この話を遮った。


 そうこうしているうちに、あっという間に二日間の学園祭は終わった

後夜祭では、全校生徒でグラウンドに集まって、キャンプファイヤーをしながら、みんなと談笑した。

「颯介、楽しそうだったね。」

隣にいた幸人が、俺に言った。

「まあな!」

楽しいことは、本当にあっという間に終わってしまう。

何故だろう――と、哲学的なことを考えてしまう自分がいた。

「終わってしまうのが寂しい?」

「いんや、寂しくないよ。ただ、楽しいことってすぐ終わっちまうよなーって思ってさ。」

「そうだね。でも、楽しいことはきっと、これからもたくさんあるよ。」

「だな。」

俺と幸人はそんなことを話しながら、帰路についた。


 その日の夜――

自室のベッドで寝転がりながら、何かを忘れているような気がして悶々としていた。

外からは、猫の鳴き声が聞こえてくる。

「あ!ムタ!すっかり忘れてた……ま、いっか。」

俺はムタを学園祭に連れていくのをすっかり忘れていた。だが、あいつのことだ。

きっと、俺の知らないうちに学校に来ていたに違いない。

そんなことを考えながら、俺は眠りについた。

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