平和な日々
ムタと話した後、自室に戻った俺に、幸人が問う。
「そういえば、颯介。君のクラスの出し物は決まったの?」
「ん?出し物って何?」
「まさか、学園祭のことを忘れてたとか言わないよね……?」
幸人が呆れたとでも言いたげな顔をして言った。
「げっ!」
俺は高校の学園祭があることをすっかり忘れていた。
「僕たちは今年初めての学園祭だけど、毎年、結構気合い入ってるみたいだよ。ちなみに僕のクラスはたこ焼きを売るって。食中毒とかが問題になると怖いから、手作りじゃなくて冷凍だけどね。」
最近、事件のことばかり考えていて、学校の授業や行事をおろそかにしていたことに気が付いた。
「まあ、僕が言いたいのは、たまには息抜きも大事だよってこと。」
幸人はそう言って、俺に笑いかけた。
翌日、学園祭について、クラス内で話し合いが行われた。
俺が気が付かないうちに、出し物は決まっていたようだ。
学校行事にそこまで身が入っていなかったとは、俺自身も驚いた。
俺のクラスは、学園祭定番のお化け屋敷をやるらしい。
クラスの女子たちが、手分けして衣装を作るらしく、俺も漏れなく採寸された。
なかなか本格的なお化け屋敷になりそうだ。
俺たち男子の作業としては、主に買い出しと装飾作りである。
放課後、クラスの友達と一緒に百貨店に行った。
「颯介、最近付き合い悪いけど、何かあった?」
最近は、遊びに誘われても断っていたためか、クラスメイトたちが心配して尋ねてきた。
「まあ、ちょっとした殺人事件に巻き込まれちゃってさ。」
俺は鼻をこすりながら答えた。
「殺人事件!?」
クラスメイトたちは、声を揃えて言った。
当たり前の反応だろう。
「まあ、俺は大丈夫だから。準備も学園祭もちゃんとやるしさ!とにかく、心配はしないでくれ!さて、次は折り紙っと。確か、六階に文房具屋があったよな。」
俺はそう言って、話を遮った。
クラスメイトたちと買い物をしたり、コンビニに寄り道して買い食いをしたり、久しぶりに平穏な一日を過ごした気がした。
その日の夜、児童養護施設に来ていたムタにも、学園祭があるという話をした。
「いいじゃないか……!屋台とか、お化け屋敷とか、そういうやつだろ?俺も連れてけ!」
ムタは目を輝かせて言った。
「猫が歩き回ってたら、追い出されるぞ。きっと。」
「外にいる分なら、問題ないだろ。よく思い出せ、颯介。俺と初めて出会った場所は?」
「そういや、学校の近くだったっけ。」
「その通り。俺はお前と出会う前から、よく学校に行っていたんだ。グラウンドにも入ったことがあるんだぞ。女子生徒や教師が、裏でこっそり飯をくれたこともあったな。」
ムタは鼻高々に言った。
「あはは、ムタは本当にいろんなところでかわいがってもらってたんだな!」
俺は思わず笑ってしまった。
「これも処世術ってやつだ。社会に出る前に、お前も覚えておくとよい!」
「学園祭のチケット、どうすっかなー……」
自室に戻った俺は、ベッドの上で寝ころびながら考えていた。
「僕は美紗にあげたよ。美紗、高校の友達と来るって言うから、全部。」
学校から一人五枚、チケットが配られた。
学園祭に外部の人間を招待するためのチケットだ。
「なるほど?それじゃあ俺は、施設長と美魔女と青柳さんにでもあげるかな。」
「うん、みんな、喜ぶんじゃない?でも、青柳さんを誘ったら、あの刑事さんもついてきそうだよね。」
「はは、それ言える!」
俺たちはそんなたわいもない会話をしていた。
「施設長、みゆき先生、今週の土日空いてる?」
翌朝、学校に行く前に、俺は施設長とみゆき先生に聞いた。
「空いているけど、どうかしたのかい?」
「私も空いているけど……」
「俺と幸人の高校で、学園祭があるんだ。もしよかったら、二人で一緒に来てくれよ。」
「あぁ、そういえばそうだったね。ありがとう。もちろん、行かせてもらうよ。」
「あら、私も行っていいの?久しぶりに、おめかししなくちゃ。」
俺は、施設長とみゆき先生にチケットを渡した。
「来られるかはともかくとして、今日の放課後、青柳さんにもチケットを渡してくるから、帰り少し遅くなると思う。」
施設長が眉をひそめた。
「ん?どうかした?」
「いやいや、何でもないよ。ほら、もたもたしていると、また遅刻するよ。気を付けていってらっしゃい。」
施設長はそう言って、俺を見送った。
放課後、警視庁の下で青柳さんと会う約束をした。
待ち合わせの時間から十分ほど経った頃。
「やあ、待たせたかい?」
青柳さんが走ってやってきた。
その後ろには、思っていた通り、溝端刑事がいた。
「何の用だ?少年。」
「溝端刑事は呼んでないんだけど。」
いつもの俺たちのやり取りに、青柳さんがニヤニヤしている。
「青柳さん、今週の土日、空いてる?」
「仕事っちゃ仕事だけど、抜けることもできるよ。何かあるの?」
「俺の高校で、学園祭があるんだ。俺のクラスは定番のお化け屋敷!よかったら来てくれよ。」
そう言って、俺は青柳さんにチケットを差し出した。
「ふーん。面白そうじゃないか。」
差し出したチケットは、気が付いたら溝端刑事の手の中にあった。
「溝端刑事にあげたわけじゃないんだけど!でも、いいよ。俺、大人だから。」
「んだと!?」
「まあまあ、君たち、落ち着いてよ。颯介、チケットありがとう。是非、お邪魔するよ。」
「まじで!やった!チケットだけど、一枚につき一人だから、もう一枚渡しておくな。」
俺は青柳さんにもう一枚、チケットを手渡した。
「青春だね~。学生時代、しっかり楽しむんだよ。」
「学園祭か……十年弱ぶりってところか……懐かしいな。」
溝端刑事は、青柳さん関係なく、『学園祭』というワードに惹かれたのかもしれない。
意外とかわいいところもあるじゃないかと、俺は思った。
週末の学園祭に向けて、いろいろと忙しくなってきた。
放課後はクラスみんなで夜まで居残り、お化け屋敷の装飾などの準備をした。
青柳さんが言ってたように、これが正に『青春』というものなのだろうと思った。
ここ最近、やたらと事件のことを考えていたからだろうか――
こうやって、楽しいことだけを考えられたらいいのにと、俺は思ってしまった。
ついこの間まで『寂しい』と思ったこともなかった俺が、こんな気持ちを持つとは思いもしなかった。




