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第25話:放課後の残光、あるいは小さな鼓動

放課後の渡り廊下を、俺は全力で駆け抜けていた。

肺に叩き込まれる空気は夕陽の熱を孕んでいて、吸い込むたびに魂の芯がジリジリと震える。世界が燃えている。この圧倒的な琥珀色の光の中に、俺は今、間違いなく「生きている」という手応えを拳の中に握りしめていた。



胸元で、もぞりと動く温かな重み。

俺はたまらず口角を吊り上げた。この鼓動、この震え。これこそが、学園のクソ真面目な数式をぶち壊してくれる「正解」だ。



「ヒュトロダエウス! 見てくれ、これ。実習棟の裏で見つけたんだ!」



図書室の重い扉を、重力なんてクソ食らえと言わんばかりの勢いで開け放つ。

静寂に満ちた空間に、俺が持ち込んだ熱気が一気に雪崩れ込んだ。机に向かっていた親友が、驚きよりも先に、すべてを肯定するようなあの琥珀色の瞳をこちらに向けた。

彼が顔を上げた瞬間に視える、凪いだ海のようなエーテルの色。それを見るだけで、俺の荒ぶる高揚が、心地よい共鳴へと変わっていく。



「おや、アゼム。その足音の響き……ふふ、また新しい『世界の欠片』を、強引にこじ開けて持ってきたんだね?」


「ああ。こじ開けた甲斐があったよ。見てよ、これ!」



俺がそっと腕を広げると、そこには透き通るような青い翼を持った、手のひらサイズの小さな雛がいた。

ただの魔法生物じゃない。パシュタロットが「失敗作」として処理しようとしていた、概念の歪みから生まれた命だ。

震える小さな体が、俺の指先に必死に縋り付いてくる。その健気なまでの生への執着が、俺の魂を熱く、激しく揺さぶった。



「これ、ラハブレア先生の演習個体だろう? 植え込みの奥で、消えかかってるのを視つけちまったんだ」



「あぁ、やっぱりね。視てごらん、翼の端のエーテルが、解けかけた糸みたいにバラバラだ。君がこうして強引に拾い上げなければ、今頃はこの夕陽の光に溶けて、概念の塵になっていただろうね」



ヒュトロダエウスが椅子から立ち上がり、俺のパーソナルスペースなんて最初から存在しないかのように距離を詰めてくる。

彼の細い指先が、雛の背中にそっと触れた。

その瞬間、俺の視界の端で、バラバラに解けかけていた青いエーテルが、吸い寄せられるように一つの「形」へと編み直されていくのが判った。



「よし。これで、もう大丈夫。君の魂の熱が、この子に新しい『核』を与えてくれたんだ。君の選ぶ道はいつも非効率だけれど、その熱だけは、どんな高位魔法よりも生命を繋ぎ止める力を持っている」


「ヒュトロダエウスが触ると、なんだか世界が『正しい形』に戻っていく気がするな。……いや、お前が完成させてくれるから、俺は安心して無茶ができるんだ」



俺が笑いかけると、彼は少しだけ可笑しそうに肩を揺らし、満足そうに目を細めた。



「ふふ、君にそう言われると、断る術を失くしてしまうよ。でも、そうだね。君がこうして迷わず手を伸ばし、世界の秩序をかき乱してくれるからこそ、私の視る世界は、退屈な完成予想図を軽々と超えて輝き出す」



窓の外では、影が長く伸びて、夜の境界線が迫っている。

けれど、この図書室の一角だけは、ヒュトロダエウスの穏やかな色と、雛の青い光、そして俺の魂が放つ熱い黄金色が混ざり合って、どんな宝物よりも眩しく、激しく明滅していた。



「さあ、行こうか。エメトセルクが、夕食の席でこの子のための『完璧な育成環境』を、不機嫌そうな顔をしながら構築して待っているはずだ」


「あはは! あいつ、口では『資源の無駄だ』なんて言いながら、もう最高級の魔導毛布を温めているんだろうな」


「間違いないね。彼の魂は、いつだって驚くほど、不器用で、愛おしい色をしているから」



俺は、肩に飛び乗った小さな命の重みを感じながら、隣を歩く親友の横顔を見つめた。

このまま、この燃えるような放課後が永遠に続けばいい。


たとえ明日、どんな騒動が起きようとも、俺たちはこの熱を抱えたまま、笑い飛ばして突き進んでいける。そんな確信だけが、夕闇に染まる廊下に、確かな足跡を刻んでいた。

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