第23話:黄金の静寂、あるいは琥珀色の追走
ふと視線を上げると、世界は燃えるような黄金色のエーテルに溶け始めていた。
放課後の図書室。窓から差し込む夕陽は、古びた書架の隙間を埋める埃の粒子さえも、命を持った金粉のように躍らせている。
……ああ、綺麗だね。
色を失いかけた古い羊皮紙が、この光を浴びて、まるでもう一度、新しい物語を紡ぎたがっているように視えるんだ。
「……ふふ。エメトセルク、そのページの術式……もう三十分も眺めているね」
隣に座る彼の横顔を、私は静かに見つめる。
眉間に刻まれた微かな皺。それは彼がこの世界の「理」を誰よりも真摯に愛し、整えようとしている証拠だ。
彼から立ち上るエーテルは、今はとても静かで、深い藍色の中に穏やかな夕陽の橙が混ざり合っている。
……ねえ、判るよ。君は今、この静寂と、指先に伝わる紙の感触を、心ゆくまで慈しんでいるんだろう?
「……。ああ、ここの術式構成が、どうにも非効率でな。後でラハブレア先生に、修正案を提出せねば納得がいかん」
「そうだね。君が直してあげれば、きっと明日の講義は、もっと多くの生徒たちが『正解』に辿り着けるようになるだろう。先生も、君のその熱心さにはいつも目を細めているはずだよ」
彼は少しだけ口角を上げて、また視線を書物に戻した。
その手つきは驚くほど優しくて、丁寧に、壊れものを扱うようにページを捲っている。
その指先からは、この場所への深い愛着が零れ落ちているのが、私には視えるんだ。
窓の外に目をやると、中庭にはまだ放課後の残り香が漂っていた。
視えるよ。
1年生のアルフィノ君とアリゼーちゃんが、芝生の上で、互いの魔導書を見せ合いながら何やら熱心に議論している姿が。
……あぁ、なるほど。
アリゼーちゃんが上手く制御できずに霧散させてしまった魔力の残滓を、エメトセルクが窓越しに指先一つで、「道標」のような光の蝶に変えて、彼女の剣先へと導いてあげたんだね。
少女が驚き、それから嬉しそうに剣を振るうたび、彼女の魂の輪郭が、ぱあっと明るい白銀色に爆ぜるんだ。
……あぁ、なんて眩しいんだろう。
「……おや。アゼムが戻ってきたみたいだよ。……手に持っているのは、……あれは、さっきエメロロアルスが探していた『知恵の果実』じゃないかな」
遠くで、一番鮮やかで、一番自由な色のエーテルが跳ねている。
アゼム。君の存在は、いつだってこの整えられた学園に、予測不能な「輝き」という名の風を吹き込んでくれるね。
「……。……。……おい、ヒュトロダエウス。行くぞ。あの馬鹿が、エメロロアルスの大事な実験材料を、おやつ代わりに食べる前に止めてやらねば」
エメトセルクがゆっくりと立ち上がり、コートを翻した。
その背中越しに視える彼の魂は、呆れているようでいて、その実、親友の無茶な振る舞いに、どこか救われているようにも視えるんだ。
彼はアゼムを止めることで、この学園の「日常」という調和を、守ろうとしている。
私は彼の隣を歩きながら、もう一度だけ、黄金色に染まった図書室を振り返った。
この穏やかな時間も、親愛なる彼らの不器用な優しさも。
今、私の瞳には、これ以上なく美しく、鮮やかな真実として焼き付いている。
「ねえ、エメトセルク。……今日も、本当にいい放課後だね」
「……。ああ。……夕食に、その『知恵の果実』を使ったタルトでも並べば、文句はないがな」
私たちは、賑やかな喧騒の待つ廊下へと踏み出した。
私の瞳に映る世界は、明日もきっと、驚くほどの色鮮やかさで、私たちを笑わせてくれるに違いない。




