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第22話:図書室の黙示録

放課後の図書室。一番奥の、使い込まれた木製机。

パシュタロットは、眉間に寄った皺を指で揉みほぐしながら、目の前の1年生を見つめていた。



「ウリエンジェ。確認だが、お前がさっきから綴っているその羊皮紙は、購買部の自動ドアが故障した件についての報告書で間違いないな?」



対面に座るウリエンジェは、伏せていた瞳をゆっくりと上げ、穏やかに微笑んだ。



「ええ、その通りです。……ただ、あの扉が沈黙し、開閉ということわりを拒絶した瞬間……そこに立ち尽くした生徒たちの絶望を、単なる『機械的故障』の一言で片付けるのは、少々味気ないかと思いまして」


「お前の言う『深淵なる断絶の記述』に二ページ費やす必要がどこにある。規律委員会としては、もっと、こう……事務的な迅速さが欲しいのだが」



パシュタロットが呆れたように吐息をつくと、ウリエンジェは少しだけ楽しそうに首を傾げた。



「ふふ、パシュタロット先輩。言葉を尽くすのは、愛着の裏返しですよ。……まあ、業者の皆さんに提出する際は、私が責任を持って『翻訳』しておきますから」



二人がそんなやり取りを交わしていると、背後の書棚から、ひらりと一人の女性が姿を現した。



「……あら。相変わらず、耳が滑りそうな会話をしているわね、あなたたち」



ヤ・シュトラが、淹れたてのハーブティーの香りを漂わせながら、空いている椅子に腰を下ろした。



「ヤ・シュトラか。……ウリエンジェが、修理依頼書を叙事詩に書き換えようとしていてな。規律の維持が、言語の迷宮に迷い込んでいるところだ」


「いいじゃない、パシュタロット。事務作業なんて、それくらい遊び心がないとやってられないわよ。……それで、ウリエンジェ。昨日の『お風呂場巨大魚ボイル事件』、あなたはどう記述したの?」



ヤ・シュトラが面白そうに覗き込むと、ウリエンジェはさらさらとメモの端に書き加えた。



「『銀鱗の跳躍は、熱き蒼に抱かれ、芳香なる安らぎへと至らん』……。……平たく言えば、アゼム殿が持ち込んだ魚を、エメトセルク殿が見事な火加減で茹で上げた、ということですね」


「ウリエンジェ、お前、さっきの修理依頼書よりよっぽど分かりやすいじゃないか」



パシュタロットが思わずツッコミを入れると、ウリエンジェはクスクスと肩を揺らした。



「実体験に基づいた描写は、自然と筆が乗るものです。……パシュタロット先輩も、あの時、実は少しだけ『美味しそうだ』と思われませんでしたか?」


「……。……ノーコメントだ。規律委員が没収品を美味そうに眺めるなど、あってはならん」



パシュタロットはぷいと顔を背けたが、耳の端がわずかに赤い。ヤ・シュトラはそれを見逃さず、持参したクッキーの袋をテーブルに広げた。



「あら、そう。……じゃあ、このクッキーも『没収品』として、厳格に処理してもらえるかしら? ハルマルトが『論理的に甘さを最適化した』っていう自信作らしいけど」


「ふむ。成分を確認する必要があるな。毒見は、規律委員の義務だ」



パシュタロットが一つ摘んで口に運ぶ。ウリエンジェも、眼鏡の位置を直しながら、一つ手に取った。


「おや……。これは確かに、論理を超えた甘美さですね。……パシュタロット先輩、このクッキーの『事後報告書』も、わたくしが心を込めて綴っておきましょうか?」



「やめておけ。お前に書かせると、クッキー一つで創世神話が始まりかねん」



図書室に、ヤ・シュトラの軽やかな笑い声が響く。

パシュタロットの堅苦しさと、ウリエンジェの遠回しな茶目っ気。そして、それを見守るヤ・シュトラ。


アーテリス学園の夕暮れは、難解な言葉の隙間に、案外柔らかな笑みがこぼれる、そんな穏やかな時間であった。

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