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第17話:真夜中の祝祭と、漆黒の美食家

「……クソっ、腹が減りすぎて視界がセピア色だぜ。カツサンド……あの黄金の衣とソースの抱擁を奪ったアゼム先輩を、俺は一生許さねえ」



深夜の男子寮。サンクレッドは、空腹で鳴り止まない腹を抱えながら、薄暗い廊下を這うように進んでいた。その隣では、普段の冷静さを完全に失ったエスティニアンが、鋭い目つきで壁を睨みつけている。



「……あのアゼムとかいう男、購買部の全在庫を一人で平らげるとは何事だ。あれはもはや生存戦略ではなく、ただの略奪だ。……サンクレッド、行くぞ。奪われた分は、あいつの私物ストックから徴収する」



二人のターゲットは、学園一の自由人である5年生、アゼムの自室。この時間、常識ある生徒なら寝静まっているはずだが、その部屋の扉からは、不自然なほどに香ばしい「肉を焼く匂い」が漏れ出していた。



「……おい、この匂い。確信犯じゃねえか。……突撃だ、エスティニアン!」



二人が勢いよく扉を蹴破ろうとした瞬間、扉が内側からスッと開き、エメトセルクが死んだような目で立ちはだかった。



「……何だ、夜食の亡者どもか。……アゼム、言っただろう。お前がそんな『存在しないはずの炭火』で肉を焼き始めれば、学園中の腹ペコどもが群がってくると」



部屋の中では、アゼムが「概念から直接抽出した最高級の網」の上で、どこの山で獲ってきたのかも怪しい巨大な肉塊をジュウジュウと焼いていた。



「いいじゃないか、エメトセルク! 獲れすぎたんだよ、今日の放課後にな! ……お、サンクレッドにエスティニアンか。お前らも中庭の草むしりでエーテル使い切ったんだろ? ほら、座れよ。俺の特製『概念焼き肉』だ!」


「先輩……! あんた、カツサンドの恨みをこれで帳消しにするつもりか……!」



サンクレッドが抗議の声を上げようとしたが、胃袋から突き上げられる本能には勝てなかった。二人は吸い寄せられるように、アゼムが展開した「即席バーベキュー会場」に居座る。



「……ふん、毒見は私が済ませておいた。……アゼムのやることに理屈を求めるのは無駄だが、焼き加減だけは私が見ておいてやる。……食べろ、さもなければ私がすべて消去ディスミスしてやる」



エメトセルクは文句を言いながらも、指先で肉の弾力を確認し、絶妙なタイミングでひっくり返し続けていた。



「……美味い。……不覚だが、この肉、脂の乗り方が異常だ。……おいサンクレッド、そっちの部位も寄こせ」


「待てエスティニアン! それは俺が狙ってた希少部位だ! ……ああもう、先輩! このタレ、まさかハルマルト先輩の温室の果実スパイスじゃないでしょうね!?」


「当たり! さすがだなサンクレッド! ハルマルトには内緒だぞ、あれ一滴で一晩中アドレナリンが出るからな!」



アゼムが豪快に笑い、四人の「禁じられた宴」は深夜の静寂を切り裂いていく。しかし、その時だった。廊下から響く、重厚で、一切の迷いがない足音。



「……賑やかだね。……こんな時間に、男子寮に『炭火の精霊』でも呼び出したのはどこの誰だい?」



開け放たれた扉の前に、ヒュトロダエウスがひらひらと手を振りながら立っていた。その背後からは、月光を背負って漆黒のオーラを纏った人影が覗いている。



「……アゼム、エメトセルク。そして、そこに転がっている1年生二人。……ほう、深夜の学園を野生の狩場に変えようという、野性味溢れる志か」



ラハブレア先生だ。そのあまりの威圧感に、サンクレッドとエスティニアンは持っていた箸を取り落とし、エメトセルクは「……終わった」と天を仰いだ。



しかし、ラハブレアの視線は、網の上で滴る肉汁の輝きに釘付けになっていた。彼は一歩踏み込むと、無言でコートを脱ぎ捨て、アゼムの隣にどっかりと腰を下ろした。



「……アゼム。この肉、火力が足りん。エメトセルク、お前は少しばかり慎重すぎる。肉というものは、もっとこう……原始的な『熱』で一気に畳み掛けるものだ」


「先生……? 説教はいいんですか?」



エメトセルクが呆然とする中、ラハブレアは懐からおもむろに、使い込まれた自分専用のトングを取り出した。



「説教なら、食べ終えてから一晩中してやる。今は……この『命』に向き合うのが先決だ。貸せ、私が焼いてやる。……いいか1年生、よく見ていろ。これが、火の理を極めた者の焼き方だ」



ラハブレアは、計算など一切かなぐり捨てたような豪快な手つきで肉を躍らせ始めた。強火で一気に表面を焦がし、溢れ出る脂を炎で煽る。その顔は、普段の厳格な教師のそれではなく、ただ純粋に「一番美味い状態」を追求する、一人の男の顔だった。



「……ふむ。アゼム、タレを寄こせ。ハルマルトのスパイスか……ふん、あいつは相変わらず刺激が強すぎる。だが、この肉には合うな」



ラハブレアは自ら焼き上げた肉を、1年生二人の皿に豪快に放り投げる。



「食べろ。冷めればただのタンパク質の塊だ。熱いうちに食らえ」


「……うめえ! 担任の焼いた肉、理屈抜きで最高だ……! 俺、一生この人の授業受けるわ……!」



サンクレッドが涙を流して肉を貪り、エスティニアンも黙々と、しかし獣のような勢いでラハブレアの焼いた肉を平らげていく。



「……もう、どうとでもなれ。ヒュトロダエウス、お前も座れ」



エメトセルクは諦めて自らも肉を口にし、その野性味溢れる美味さに、悔しいながらも感嘆のため息をつく。



「あはは、ラハブレア先生があんなに楽しそうなの、久しぶりに視るね。学園の予算会議のストレス、全部この肉にぶつけてるみたいだ」



ヒュトロダエウスは笑いながら、アゼムに「僕の分の肉も、一番いいところを焼いてよ」とウインクを送る。



宴は明け方まで続いた。ラハブレアは最後まで「焼き」の主導権を離さず、アゼムと競うように肉を焼き続け、最終的にはアゼムと肩を組んで「……次はもっといい部位を調達してこい」と笑っていた。



翌朝。ラハブレアは、真っ赤な目で授業を行うが、その足取りはどこか軽く、廊下ですれ違った1年生たちに「……朝食はしっかり食べたか?」と声をかけるという、学園始まって以来の怪現象を引き起こした。



一方、アゼムの部屋は、ラハブレアが焼き尽くした完璧な煙によって、一週間ほど「この世の終わりのように香ばしい匂い」が消えず、それ以降、男子寮の生徒たちの間では、ラハブレア先生は「焼肉の神」として密かに崇められることになるのであった。

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