表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/27

第16話:龍と双剣、あるいは沈黙の草むしり

「……なあ、エスティニアン。俺の勘が正しければ、今日の購買部の『限定カツサンド』、まだ二つは残ってるはずだぜ。ナプリアレスの野郎が嗅ぎつける前に、中庭を突っ切ってショートカットしようぜ」


「……ふん、お前の勘など当てにしたことはないが、空腹なのは事実だ。行くぞ。……だが、なんだこの妙な威圧感は。中庭の魔力密度が、通常の演習場より高い気がするが」



1年生の不良コンビ、サンクレッドとエスティニアンは、軽い足取りで中庭のアーチを潜り抜けた。しかし、その先に広がっていたのは、彼らが知る「憩いの広場」ではなく、色とりどりのエーテルが火花を散らし、植物が悲鳴のような音を立てて蠢く「概念の戦場」だった。



「……あら、招かれざる客ね。ちょうどいいわ。ファダニエル、あなたのその『停滞の美学』がどれだけ無意味か、この有り余る若さ(生命力)で物理的に証明してあげる!」



ハルマルトが、狂気を孕んだ笑顔で二人を指差した。中庭の中央、ベンチに座るハルマルトとファダニエルの間では、一輪の「枯れそうで枯れない花」を巡る異常なまでの理論闘争が繰り広げられていた。ハルマルトが活性化のエーテルを叩き込めば、ファダニエルが即座にそれを死の概念で中和する。その余波で、周囲の芝生は一秒ごとに「深緑」と「灰」の間を往復していた。



「……おい、なんだこの空気は。身体が重いぞ。……サンクレッド、退散だ。ここは関わっていい場所じゃない」



エスティニアンがカバンを背負い直して踵を返そうとした瞬間、ハルマルトの鋭い視線が二人を射抜いた。



「逃がさないわよ! ほら、エスティニアン! 突っ立ってないで、その不愛想な面を地面に向けなさい。この『自我を持ち始めた雑草』を根こそぎ抜くのが、今日のあんたたちの特別演習よ!」


「はぁ!? いや、俺たちはただカツサンドを買いに……」


「問答無用! 自分の生存本能が本物だって言うなら、私の『フリクシオの苗』を絞め殺そうとしてるこの害悪概念(雑草)に勝ってみせなさい! さあ、始めなさい! 一本残すごとに、あんたたちの明日の昼食のエーテルを全部、私が強制徴収してあげるわ!」



ハルマルトが指を弾くと、二人の周囲の地面から、鋭い棘を持った奇妙な蔓草がバネのように飛び出し、彼らの手足に絡みついた。それはただの草ではなく、アゼムが「これ、勝手に雑草を食べてくれる草なんだぜ!」と持ち込んだ、自己増殖型のエーテル寄生植物だった。



「……くっ、なんだこの草、抜いても再生しやがる! それに、抜こうとするたびに俺の魔力を吸い取ってやがるぞ!」


「落ち着けエスティニアン、無理に引くな! ……おい、ハルマルト先輩! 冗談は顔だけにしてくれ、俺たちは急いでるんだ!」


「冗談なのはその軽薄な口調よ! さあ、抜きなさい! その無駄に高い生命力をこの庭に還元して、私の理論の正しさを証明する礎になりなさい!」



二人の1年生が、阿鼻叫喚の中で「概念上の雑草」と格闘し始めた頃、本を片手にしたエメトセルクが、心底嫌そうな顔で通りかかった。



「……またか。ハルマルト、お前の『押し付けがましい勤勉さ』を他人に強要するな。……それと、サンクレッド。お前もだ。そんな無秩序な魔力の使い方で草を抜こうとするから、植物側に『反抗期』の概念が芽生えるんだろうが。貸せ、根幹の結合式を一時的に脆化させてやる」


「エメトセルク先輩! 助けてくれ、こいつら本気で俺たちを肥料にするつもりだ!」


「助けるのではない、効率化しているだけだ。……おい、エスティニアン。お前は重力を下方に固定しろ。サンクレッド、お前は……黙って手を動かせ。余計な色気エーテルを混ぜるな」



エメトセルクが溜息をつきながら、指先一つで中庭の物理定数を書き換え、雑草の「粘り」を無効化していく。その横で、ヒュトロダエウスが「あはは、サンクレッド君。必死に泥を弄る姿も、なかなか絵になるじゃないか」と、肩を揺らして笑っていた。



結局、その日の購買部のカツサンドは、通りがかったアゼムが「おっ、売れ残ってるな! 運がいい!」と全部買い占めて完食してしまった。



夕暮れ時。中庭には、指先を真っ黒にし、魂が抜けかけたような顔で地面に座り込むサンクレッドとエスティニアンの姿があった。



「……なあ、エスティニアン。……俺、もう女子に声をかける気力もねえよ……」


「……同感だ。……次は、何があっても中庭は通らんぞ。……あいつらは、龍より恐ろしい」



二人がフラフラと立ち上がり、寮へと向かう背後で、ハルマルトが「あら、随分と綺麗になったじゃない! また明日もお願いね!」と、快活すぎる声を投げかける。



その光景を遠くから見ていたヤ・シュトラは、「……随分と原始的な『調教』ね。1年生の不良が、たった一時間の草むしりで借りてきた猫のようになるなんて」と、ハーブティーを啜りながら、さらなる観察データを手元のノートに書き加えるのであった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ