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第13話:智の澱(おり)と、若き賢者の解読

「……見て、アルフィノ。これが昨日、あの三人が図書室で垂れ流した魔力残滓ログを逆演算して可視化したものよ。驚くべきことに、彼らの思考プロセスは……もはや、一つの生態系を形成しているわ」



放課後の第一演習室。ヤ・シュトラは、空中に投影された複雑怪奇な数式とエーテルの波形図を指し示した。その中心には、エメトセルクの「超精密な論理」とアゼムの「野生的な直感」が、まるで二重螺旋のように絡み合い、火花を散らしている。



「ヤ、ヤ・シュトラ……。君、まさか5年生の先輩たちの思考を無断で解析したのかい? それに、この論文のタイトル……『高位個体における知性の浪費と、その相互補完的依存性について』って、これ、エメトセルク先輩が見たら卒倒するんじゃ……」



アルフィノが、冷や汗を流しながら投影図を見上げる。そこには、アゼムが放った「駒に恋心を抱かせる」という無茶な変数が、エメトセルクの「修正プログラム」によって瞬時に黄金比へと書き換えられる様が、残酷なまでに克明に記録されていた。



「あら、これは純粋な学術研究よ。……見てなさい。エメトセルク先輩の魔力回路、表面上は怒り狂っているように見えるけれど、実際はアゼム先輩が投げ込む『バグ』を処理する瞬間に、最も高い処理効率を叩き出しているわ。……これはつまり、彼は文句を言いながらも、アゼム先輩という『予測不能な変数』がなければ、己の知性をフル稼働させることさえできないということね。……皮肉な話だわ」



ヤ・シュトラが、薄く笑みを浮かべて眼鏡を指で押し上げる。



「そして、それらすべてを『面白いね』の一言で包み込んで、暴走の臨界点直前で安定させているヒュトロダエウス先輩の観測能力……。この三人が揃った時、学園の物理法則は彼らの『遊び』のために書き換えられているのよ。……正直、反吐が出るほど優秀だわ」


「……随分と言ってくれるじゃないか、1年生」



背後から響いた、低く、そして明らかに不機嫌な声に、アルフィノの肩が跳ねた。

そこには、資料室に忘れ物をしたのか、あるいは嫌な予感を察知したのか、腕を組んだエメトセルクが立っていた。その眉間には、もはや芸術的なまでの深い皺が刻まれている。


「エ、エメトセルク先輩! い、いつからそこに……!」


「……『高位個体』のあたりからだ。……いいか、ヤ・シュトラ。お前のその粗末な演算式では、私の理論の三割も再現できていない。……特にこの、アゼムの無謀な出力を減衰させるための第十二節。ここを単なる『抑制』と定義するのは、あまりに表層的だ。……貸せ、赤を入れてやる」



エメトセルクは吐き捨てるように言うと、ヤ・シュトラが展開していた投影図にスタスタと近づき、指先から溢れる魔力で数式を直接書き換え始めた。



「……あら、修正してくれるの? 助かるわ。でも先輩、この論文が完成したら、論文集の巻頭を飾る予定なんだけど……著者名にあなたの名前、入れてもいいかしら?」


「……死んでも断る。私がこれに関わったと知られれば、アゼムが調子に乗って、また『恋する駒』を量産し始める。……いいか、これはあくまで、お前のあまりに稚拙な論理を、正当な学問的見地から『矯正』しているだけだ。……いいな、勘違いするなよ」



エメトセルクの指先が、恐ろしい速度で論文の論旨を「より完璧な、ぐうの音も出ないほど緻密な代物」へと昇華させていく。口では拒絶しながらも、彼はヤ・シュトラの鋭い観察眼に触発され、結局は寝食を忘れるほどの熱量で添削に没頭してしまった。


その様子を、入り口でヒュトロダエウスと共に眺めていたエリディブスが、涼やかに微笑む。



「ふふ、ヤ・シュトラ君もなかなかの策士だね。エメトセルクをあんなに『やる気』にさせるなんて。……学園の調和を保つためにも、この論文は非公式な『裏・教科書』として、僕が預かっておこうかな」



結局、その夜。ヤ・シュトラの論文は、エメトセルクによる「徹底的な(嫌がらせに近いレベルの)精密な補筆」によって、1年生が読むにはあまりに高度すぎる、魔導書の域に達した怪作として完成した。



翌朝、完成した論文の束を抱え、目の下に真っ黒な隈を作って登校してきたエメトセルクは、アゼムに「お、エメトセルク! その論文、俺の特集か? 読ませてくれよ!」と無邪気に奪われそうになり、「……近寄るな、この『変数値』め……!」と、今にも消え入りそうな声で呻くのであった。



一方、ヤ・シュトラは涼しい顔でその光景を眺めながら、「……次はヒュトロダエウス先輩の『視線』を解析してみようかしら」と、さらなる禁忌に目を輝かせていた。

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