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第12話:永久保存(フリーズ)された午後の残響

「……いいか、アゼム。事象の固定と、空間の極小化は等価ではないと何度言えば理解するんだ。お前の構築式は、物理的な質量保存の法則を情緒でねじ伏せようとしている。それは魔法ではなく、ただの暴力だぞ」



放課後の第一資料室。埃の舞う西日に目を細めながら、エメトセルクは手元の羊皮紙をペン先で叩いた。そこには、アゼムが「放課後のティータイムを永遠に新鮮なまま保持する」という極めて個人的かつ知的な好奇心のために書き殴った、空間凍結の理論モデルが展開されている。



「そんなに怒るなよ、エメトセルク。俺が求めてるのは、ただ止まってるだけの静止画じゃないんだ。熱力学的なエントロピーの増大を、局所的に逆転させることで『淹れたて』の状態をぐるぐる循環させたいだけさ。……なあ、ヒュトロダエウス。この循環式の黄金比、お前なら視えるだろ?」



アゼムが、窓際で茶葉の香りを愉しんでいた友人に軽く手を振る。ヒュトロダエウスは、琥珀色に揺れるエーテルの奔流を眺め、優雅に微笑んだ。



「そうだね、アゼム。君の直感は相変わらず鋭いよ。でも、その循環の起点になる核が少しばかり……いや、大いに奔放すぎるかな。エメトセルクが眉間に皺を寄せて書き直してくれてる通り、そのままだとこの資料室は『無限に沸騰し続けるお湯の地獄』に変わっちゃうよ」


「……誰が書き直してやると言った! 私はただ、あまりに稚拙な術式を放置して、後でラハブレア先生に連帯責任を問われるのが御免なだけだ。貸せ、この多重次元屈折の係数を修正してやる。……おい、アゼム! 勝手に魔力を流すな、まだ定数が確定していないと言っているだろうが!」



その光景を、廊下の影から食い入るように見つめる二つの影があった。



「……信じられない。エメトセルク先輩、あの複雑なアゼム先輩の『動的平衡理論』を、口で文句を言いながらリアルタイムで最適化してる……! ラハ、見た!? 概念の循環構造を指先一つで再定義しちゃったわよ!」



アリゼーが、興奮で赤くなった顔を抑えながら声を殺して叫ぶ。その隣で、グラ・ハは既に限界に近い速度で羽ペンを走らせていた。



「ああ……! アゼム先輩が提唱した『時間の情緒的解釈』を、エメトセルク先輩が数学的に証明していく……。これだ、これこそが学園が誇る至高の叡智……。俺は今、歴史が編まれる瞬間に立ち会ってるんだ……!」


「ちょっと、ラハ! 鼻血が出てるわよ! ……でも、確かに凄まじい密度ね。あの空間、もう普通の生徒の魔力回路じゃ立ってることすらできないはずなのに、あの三人はあんなに平然と……」



しかし、聖域とも呼べるその空間に、アゼムが「あ、そうだ。ついでにスコーンのサクサク感も、重力の干渉を受けないように浮遊させて固定しちゃおうぜ!」と、更なる知的な変数を放り込んだ瞬間、事態は音を立てて崩壊した。



「……待て、アゼム。重力制御を並列化するなどと言い出すな。……計算が、追いつか……おい、位相がズレるぞ! 止めるんだ、その出鱈目な指向性を――!」


「いけっ、俺のティータイム・エタニティ!」



瞬間、資料室から爆発的な光が漏れ出した。それは破壊の光ではない。あまりにも「新鮮」で「熱い」紅茶と、超高速で自転しながら部屋中を跳ね回る「鋼鉄より硬く固定されたスコーン」が、物理法則を無視した弾幕となって降り注ぐ異空間の誕生だった。



「うわあああ! 叡智の結晶スコーンが、音速で俺たちを殺しに来るぞ!」


「感心してる場合!? 逃げるわよ!あれに当たったら首が飛ぶわ!」



廊下まで飛んできた「永久凍結されたスコーン」が壁に深く突き刺さるのを見て、1年生二人は脱兎のごとく逃げ出した。その背後からは、「だから言ったんだこの大馬鹿者がぁ!」というエメトセルクの、魂を削るような絶叫が響き渡る。



結局、騒ぎを聞きつけて次元の裂け目から現れたラハブレア先生によって、資料室は物理的に封鎖された。



「……アゼム、エメトセルク、ヒュトロダエウス。そして、廊下にスコーンの破片を撒き散らした1年生二人。……ほう、熱力学の第二法則に挑もうという殊勝な志か。ならば、その『永遠に冷めない紅茶』を全校生徒分、一滴の温度低下も許さずに配り終えるまで、今夜の睡眠を禁ずる」



翌朝、学園の廊下には、目の下に深い隈を湛え、全身からアールグレイの香りを漂わせながら、絶対零度の手つきで配膳カートを押し続ける5年生3人の姿があった。



「……おい、グラ・ハ。……この紅茶を飲め。……抽出温度、カテキン含有量、すべてが計算通りの完璧な一杯だ。……一滴でも残してみろ、お前の魔力回路をこの紅茶で洗浄してやるからな……」



死んだような目で、しかし淹れ方だけは完璧な紅茶を差し出すエメトセルク。グラ・ハはそれを「先輩の淹れた、真理の味……」と涙を流して飲み干し、アリゼーは「……それ、ただの八つ当たりじゃないの?」と、冷え切った視線を投げかけるのであった。

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