第2話
人族の国――アルヴェイン王国。
王都アルヴェイン。
大陸西側に位置するこの国は、陸路での貿易網を確立しており、比較的安全な大陸中央までのルートを持つ事から、経由地として栄え周辺国より高い国力を有している。
魔王率いる魔族領との小競合いが長年続いており、武力強化が急務となっていた。
城壁に囲まれたその都市は、今日も変わらず賑わっていた。
朝の鐘が鳴り、露店が並び、人々は笑いながら行き交う。
吟遊詩人の奏でる音色に子どもたちが足を止め、焼きたてのパンの香りが通りを満たす。
――少なくとも、表向きは平和そのものだった。
「……うわぁ」
城門をくぐった瞬間、ルカが感嘆の声を漏らした。
「大きいですね! 人も多いし、お店もいっぱいあります! あ、パンの匂いします! これは、チーズのパンですね! 絶対おいしいやつです!」
「うるさい」
クロウはフードを深く被ったまま、素っ気なく返し街並み全体をなぞるように視線を巡らせる。
石畳は整備され、建物はどれも新しく、警備も行き届いている。
「いいか、ルカ」
辺りを警戒しながら小声で言った。
「ここでは俺たちはただの旅人だ。目立つ事はするな」
「はい! 目立ちません!」
「ホントにわかってんのか?」
「もちろんです!」
元気良く返事をするルカだったが、その思考は、どこからともなく漂ういい匂いに完全に奪われていた。
大丈夫か? コイツ。
会話を終え、歩き出してから十分も経たないうちに――
その“危なさ”は、あっさり現実になった。
「ねえねえ先輩!」
ルカが、遠慮なく声を張る。
「なんであんなに沢山兵士さんがいるんですかね?」
「バカ、声を落とせ」
視線の先。
広場の一角で、騎士団風の兵士たちが集まりなにやら難しい顔をしている。
先ずは、遠巻きに情報収集を試みようと行動しかけたその瞬間。
「すみませーん!!」
「……」
クロウの視界の端で、ルカが元気よく手を振っていた。
「兵士さん達、そんなに集まってなんかあったんですか?」
「何だお前は!」
兵士の怒声が飛び、一斉にこちらを向いて警戒の色を露わにする。
怒鳴った兵士が剣に手が伸ばす。
それを見ていた周りの空気が、一気に張り詰めた。
「ルカ!!」
「えっ!? あっ!?」
ルカがようやく振り返ったが、完全に包囲網の中だ。
クロウは深いため息をつき、一歩前に出た。
「すみません。連れが……その、田舎者で」
「田舎者です!!」
「黙れ」
クロウは兵士たちに向かい、軽く頭を下げる。
「我々は旅の途中です。ここへも今到着した所でして、何か問題でも?」
兵士の一人が、冷ややかな目でクロウを見据えた。
「お前達には、関係の無いことだ」
「そうですか」
どうやら既に、何か起こっているらしい。クロウは、直感的にそう感じ取り引き下がる。
「分かりました。では失礼を」
そう言って踵を返そうとした時、別の兵士が駆け寄ってくる。
「見つけたぞ。4番通路を西に逃走中だ」
「何だと! 我々も行くぞ」
その際クロウをチラリと見て、兵士達は連れだって走り去っていく。
それよりも。
「おい。ルカ? 何ださっきのは」
「え? 何とは?」
頭が痛くなる衝動に駆られながらもクロウは、続ける。
「突然大声で『兵士さん何かあったんですか』は、ねぇだろ?」
「だって何か困った顔してたじゃないですか」
「そんなもん誰とも分からん奴に、打ち明けるバカがいるかよ。一応兵士だぞ」
「むむむ――」
「むむむじゃねぇ! 俺達も行くぞ」
なにやら納得のいかない顔をしているルカにそう言ってクロウは、走り出す。
ルカも渋々後を追い、その場を離れる。
角を曲がり、人目のない路地に入った瞬間。羽織っている外套に力を込め起動する。そして屋根上へと飛び上がり兵士の後を追っていく。
「先輩待ってくださいよ〜!!」
ルカも外套を、起動させ追いかけてくる。
この外套、常時展開とは、いかないが認識阻害の力が込められている。屋根を走っても民衆に気付かれることは無いだろう。
クロウは、ルカをちらりと一瞥するだけでそのまま屋根上を、走り続ける。
暫く兵士を追走し、彼らが足を止めると同時にクロウも立ち止まる。
少し遅れてルカも追い付く。
息を切らしながら悪態をつこうと口を開き掛けた彼女にクロウは、手で制する。
「静かにしろ」
兵士の動向を鋭い目で注視する姿に、やかましいルカも気圧され押し黙る。
兵士達は、散開して袋小路になっている通路周辺を調べていたが、また何処かへ走り去っていった。
「見失ったんですかね」
やや小声でルカが口を開く。
「そうみたいだな」
そう言いながらクロウは、兵士達がいた袋小路へと歩を進めていく。
ルカは、それを不思議そうな目で眺める。
そして迷うことなく真っ直ぐに進み、通路の壁の前に立つと、ボソリと呟いた。
「もう行ったぞ」
「先輩何してるんですかぁ? 壁に話し掛けて」
後を付いてきたルカが、面白いものを見るような目で問い掛ける。
「壁が喋るわけないで……」
「あなたには……見えるんですね」
「喋った――――!!」
盛大なツッコミを入れるルカの、頭にチョップをかましクロウは、続ける。
「俺達は、味方じゃないが敵でもない。今は、な。先ずは、話がしたい」
クロウはフードを脱ぎ素顔を晒した。
暫くの沈黙の後、ただの壁だった場所に1人の少女が現れる。それは瞬き1つの出来事だった。
少女は、頻りに辺りを警戒しつつもクロウを見据え言葉を発した。
「あなた達は、王国関係者じゃないんですか?」
「そうだ。別の組織とだけ言っておく」
「そうです! 私達は、天かムグググ」
余計な事まで口走りそうになったルカの、口を塞ぎ小脇に抱えながら作り笑顔を浮かべるクロウ。
「とりあえず場所を変えよう」
そんな2人に苦笑いをしつつ、頷く少女であった。




