第1話
ここは、天界の1室。
広くも狭くもない室内に机が3つ並べてあり、
お誕生日席のポジションに室長の席がある。
室長は、何処かの取引先との会話をしており、その斜め右の席がクロウの席となる。
机と椅子以外は、これといって何も無く殺風景な景色は、意識を逸らされないこともあり、前回の任務報告書をクロウは、黙々と作成していた。
天界は、今日も平和だった。
神々の意向に沿って均衡が保たれた世界は、何事も無く回っている。
こんな穏やかな日々を過ごせたのなら彼の転職は、大正解だったのだろう。
だが現実はそう甘くは無かった。
壁掛けのディスプレイに異常事態を知らせるメッセージが映し出される。それと同時に安っぽいブザー音が鳴り響きクロウは、ビクりと反応してしまう。
まただよ……ついさっき任務から帰ってきたばっかりなのにもう出動なのか? 少しは休ませてくれよ! これで連続何勤めだ? ふぁ? ふぁ? ふぁ!?
錯乱するクロウを尻目に、華麗な足捌きで背後を取る室長。
そして、そっと肩に手を置いた。
某ピタリ賞を狙う番組の出演者同様クロウは、雷に打たれたようにビクリと大きく震えるとグッタリとデスクに突っ伏した。
世界は「平和」だ。神々は世界の均衡、平穏を求めている。しかし彼では到底理解の及ばない程長い時間を経て何もない世界は、つまらないと思ってしまうのだろうか。
しようと思えば出来ると思うが、何故か毎回騒動が起きるまで放置するのやめてもらえないか。
ひんやりとするデスクの感覚を額に感じながらもう聞き慣れたブザー音を止める。そのまま意識を手放したい衝動に駆られるが、諦めて身体を起こした。
「クロウ君任務発生だよ」
優しげな口調で背後から聞こえてくるその言葉は、クロウにとって合計金額の支払いが確定したのと同様「仕事」確定のささやきだった。
「また俺ですか」
振り向きながら、室長に怪訝な視線を向ける。
そこに不服な感情もタップリと乗せて、反抗的に言葉を返した。
「ここも人手不足でね。それにクロウ君優秀だから上からの評判も上々だよ〜」
飄々とした態度で言葉を吐くこの軽薄そうな上司は、人族で言うところの二十代中頃のイケメンだ。
クロウとは、顔立ちも違うし元から天界人なんだろう。そんな胡散臭い上司は、嬉しくもない評価を口にする。
「そんな評価より休みをくれよ! そもそもなんでこの部署は、二人なんだよ! 他の人員いないのかよ!」
少しキレ気味に俺が返すとやんわりとそれを受け流し隣のデスクに腰掛けると、足をぶらぶらさせた。
「いやぁ、老人たちがさ〜楽しそうだったよ?」
「それ、俺が寝ずに働いてるからだよね?」
「うんうん。そうだね〜偉い偉い」
「子ども扱いすんな」
掴みどころのない、こののらりくらりとした感じなんか腹立つ……殴りたい。
「で、今回は、とある人族の国。異世界召喚をやってる」
その一言に眉がピクリと反応する。
「……あぁ、やりやがったか」
ボソりとクロウが呟くと室長は、静かに告げた。
「成功した」
「……は?」
クロウは顔を上げた。
“成功した”……だと?
異世界召喚――つまり、別世界から人間を呼び出す儀式。
成功すれば戦力になり力を得た人族は、魔族に対して攻勢に出るだろう。
失敗すれば魔力暴走か、別のナニカを呼び出し事故になる。
どっちにしても、世界の均衡にとっては迷惑だ。
「普通さ、失敗するだろ。あれ」
異世界召喚は、大抵失敗する。
膨大な魔力と狙った対象を呼び寄せる触媒、そしてそれらを扱える術者。
と言うかそう簡単に異世界人を呼び寄せられてたまるものか。
独りごちるクロウ。室長は、けろっとした顔で言った。
「成功しすぎた」
「……どゆこと?」
「複数、来ちゃった」
デスクにもう一度クロウは、突っ伏すと頭を抱えた。
――複数って何だよ!?
「え、何それ。キャンペーンか何かなの?」
「しかも、その中に規格外なのが混ざってる」
「……」
脳内で、残業の鐘が鳴った。
そんなクロウを見ながら室長は、上機嫌のまま続ける。
「老人たちがうるさいんだよ。“世界が壊れる”とか“均衡を守れ”とかさ」
それに、すかさず愚痴をこぼす。
「道楽で見てるだけのくせに、文句だけちゃっかり言ってくるんだよな」
「お、分かってるねぇ」
室長は、楽しそうにうんうんと頷く。
「分かりたくないしもう嫌だ」
クロウがデスクでジタバタしていると。
ドン!
勢いよく扉が開いた。
「おっはよ〜ございます!!」
飛び込んできたのは、金色の髪をなびかせたまだあどけなさが残るが端正な顔立ちの少女だった。
ふむ……顔はいい。――だが天使というより、天界の制服を雑に着崩した、元気が服を着ているような印象。
「この子誰?」
振り返りながら室長に向けて言葉を発した。
「ルカ・フェルディア。今日から君の部下だよ」
突然の部下宣言に目をパチクリさせながら脳内処理をする。疲れているのかな、なかなか処理が終わらないや。
「ルカ・フェルディア着任しました! 本日からよろしくお願いします!!」
ルカは、デカい声で挨拶を終えると間髪入れずに話しだした。
「聞きましたよ! 異世界召喚ですよね!? 勇者ですよね!? ワクワクしますね!! あ、飴ちゃん食べます?」
グイグイ来るルカに少しひきながら、後輩インプットを終え、再起動する。
「まぁ落ち着け、まずブリーフィングやってからだ。それと飴はいらない」
ほっておけば、ずっと喋りそうなルカを制して一旦話を切ろうと試みたが止まらない。
「あれ、先輩大丈夫ですか?」
「何がだ?」
「顔が死んでますよ!?」
「それは、コイツのせいだよ!!」
クロウは、室長をおもいっきり指差しながら叫ぶが、なまじ顔が良いだけに怒りを削がれる。
コイツが男なら確実にゴートゥーヘヴンさせてたな。
あ、ここ天界だった。
そんなルカとのやり取りをにやにやしながら見ていた室長が言う。
「もう息ぴったりだね。今回二人で事に当たってもらうから。大丈夫イケるイケる!」
「その“イケる”の内訳が“俺が全部やる”なんだが?」
「細かいことは気にしない」
室長は立ち上がると手の平をパン、と軽く叩いた。
「今回のミッションは単純で簡単だ。殺すな。壊すな。勇者にするな」
「……簡単って言った奴から現場送りにする制度、作りたい」
説明を、聞いたルカが目を丸くする。
「えっ!? 勇者にするな、って……勇者召喚したのにですか!?」
「そう。したからだ」
脱力した身体を椅子に預けながら、淡々と言った。
「勇者もピンキリなんだが勇者が強いと、魔王も軽視出来なくなる。そうなると人族と魔族の全面戦争になる。どちらが滅んでも漁夫の利を狙う他の陣営が台頭してきて疲弊しているとこを突かれてまた滅ぶ。そうやって世界が荒れる。世界が荒れると――」
室長が指を一本立てた。
「老人たちがうるさい」
「はい、そこに戻るんですね」
ルカは、むむむ、と顔をしかめた。まぁ簡単な話だよな。その内痴話喧嘩とかにも介入させられそうで怖い。
「でも……それだと召喚された人たち、可哀想じゃないですか? 何の為に来たんだ〜とかなっちゃうじゃないですか」
「そうだね。まず殺すのは、良くないよね。殺さなければいいって訳でもないし尊厳は、守ってあげないといけない。でも勇者になられたら困っちゃうんだよ。それと僕達の仕事は、表に出ないようにうまくやらないといけない」
室長は、ルカに諭すように優しい笑みで語り掛けるが、言ってる事結構無茶苦茶だからね!
「それって難しくないですか?」
あっけらかんとした口調で他人事の様にルカが言ってきた。やるのは、お前もだ。
「だから毎回頭抱えてんだよ」
横の室長は立ち上がり、軽く伸びをした。
「ルカ君のOJTも任せたよ」
そう言うと室長は、颯爽と扉の方へ足を進める。
オン・ザ・ジョブ・トレーニング。
端的に言えば現場で研修させて仕事を覚えさせるってやつだ。
そんなクロウは、プレイングマネージャーに昇格したのだろうか?
どちらにせよ面倒な事になっているのは、間違いなかった。
「じゃ」
そう言うと室長は部屋から出ていった。それを見送って深く息を吐いて、ルカを見た。
「……いいか。先ずは下界に降りて召喚者の情報収集だ。それと下界では絶対に目立つな」
「分かりました!」
「……行くぞ、ルカ」
「はい! 先輩!! 任せてください!」
自信満々の部下が、もう怖い。
もしかしたら最大の敵は勇者でも魔王でも無くコイツかも知れない。
そんな不安を感じながら部屋を後にするのだった。




