暗闇のなかで
場内の照明がいきなり消えた。これは何者かの仕業か偶然か。
それはまだ不明だったが、私が今何よりもすべきことはクロード様の安全確保だ。位置は常に確認している。私はルークの手を離し、すぐさま駆けた。
「クロード様、ご無事ですか?」
「あ、ああ。暗闇でも見えるんだ?凄いねキリー」
クロード様の眼前にて声をお掛けすると、やや戸惑われた声が帰ってきた。
辺りは急な暗闇に騒めきが起きている。このままクロード様にご不快な思いをさせてはいけない。そう思いそっと手を差し出す。
「御手に触れてもよろしいでしょうか?」
「へぁ!?う、うん!どうぞ!」
安全な場所へお連れするために御手を触る断りを入れたのだが、なぜか慌てながら御許可を下さった。
そして慌てたクロード様が勢いよく握ったのは…
ぐにっ
「え」
手とは思えないであろう感触に、クロード様は驚きの声をあげられた。
そしてその瞬間、照明が再び点いた。
クロード様は呆然と握ったものをそのまま凝視しておられる。私から身を離すわけにもいかず、あくまでも冷静にそれが何かを告げた。
「クロード様、そちらは手ではなく乳房にございます」
ざわっ…
照明は点いたというのに、周囲からはまた騒めきが起きた。
「うわぁぁっ!?ご、ごめんキリー!違うんだ!わざとじゃないんだ!」
ばっと私の乳房から手を離してそのまま両手を宙に浮かすクロード様。
暗闇の中、手と間違われたことは別に不思議でもない。しかしクロード様は何故か異様なまでに慌てていらっしゃった。と、そこへ…
「殿下!暗がりに乗じて何をなさっておいでですか!」
やや引き気味ながら、ルークが急いで私とクロード様の間に入ってきた。
「す、すまないキリー!言い訳にしかならないが、そんなつもりではなくて…」
おろおろと弁解を重ねられるクロード様。私などに気を遣わせてしまうだなどと、大変申し訳ない。これではエイル家の名折れだ。
「いえ、構いませぬ。如何様にもお好きになさって下さい」
「え」
「いや、だから!もっと自分を大事にしないか!」
横から口を挟むルークに煩さを感じた。やはりそろそろ始末しておくべきか。
「何お前らぎゃあぎゃあ騒いでるんだよ。そろそろ止めないと注目の的だぜ?」
そこへガルシアがやってきて、更に横槍を入れた。
「が、ガルシア…、僕はまたとんでもないことを…」
「なんだか知らないがまた後で聞くから。それより、照明が消えたのは何だったんだ?」
クロード様の震えるお言葉を雑に流すガルシア。無礼ながら確かに原因の追求はせねばな。
私は近くにいた侍従に状況の確認を頼んだ。とはいえお父上様の采配により、既に宴会場内は再び音楽が流れ出し、人々は踊りや歓談を再開していた。
「姉上、先程照明が消えた様でしたが大丈夫でしたか?」
そう言って声を掛けてきた方を振り向く。
「お、ロティじゃねぇか。どこにいたんだ?」
「夜会には参加していなかったのですが、騒ぎが心配になって様子を見に来ました」
ガルシアの言葉にきょろきょろと辺りを見回しながら答えている。
「どうした?何か探しているのか?」
「いえ、そういう訳ではないのですが…。動力室を見に行こうと思うので、一緒についてきて貰えますか?」
と、私の方を見ながら言った。
「ふむ、よかろう。ガルシア、お主クロード様のお側を離れるでないぞ」
「おお、わかった」
もちろんクロード様の近衛もいるが、念には念を入れておこう。
「クロード様、何かありましたら以前お渡しした笛をお吹き下さい」
「笛?あ、ああ。わかったよ」
振り向きながら言う私に、クロード様が頷かれる。
そう。こういう時のため、以前から忍び笛をお渡ししていた。一応肌身離さず持ってくれると約束してくださったが、良くも悪くもまだ使用されたことはない。
「まて、俺も一緒に行こう」
またもや横槍を入れてくるルーク。
「いえ、お客様にご迷惑をお掛けする訳には…」
「何かあった大変だろう。レディを守るのは騎士の役目だ」
まだそれを言うか。後ろでクロード様が不機嫌そうにされていらっしゃるのでやめて欲しい。
「公爵家の者もおりますので大丈夫ですよ」
振り向きながら指した先には三人ほどの鎧を着込んだ護衛がいた。
「何かあれば狼煙を上げる。見えるところで待機していてくれ」
「狼煙!?」
私がそういうと、ルークは動揺の声を上げた。
「ああ、わかった。待ってるぜ師匠」
「わかるのか!?」
さすが弟子である。ガルシアには伝わったようだ。
「さて、それではしばしお側を離れます」
私はクロード様に告げると、お辞儀をした。
「あぁ…。あまり無茶はしないでねキリー」
「御意」
そうして私は宴会場を後にするのであった。




