人格を変えたのは
さて。ルークから逃げて適当な空き教室に来たは良いが、これからどうしたものか。ちなみに桃色娘はあれで全力で走ったため、まだ呼吸が整わぬ様だ。
「ぜぇっ…ぜぇっ…!なんで…」
「ん?」
屈んで息を整えていた桃色娘がこちらを見上げて何かを訴えてきた。
「何であんたは涼しい顔してるのよ??一緒に走ったでしょ!?」
「大した距離や速度ではなかろう。お主は少し運動不足なのではないか?」
がばっと立ち上がって叫ぶ桃色娘に吐き捨てる。
これしきの走りで息があがるとは情けない。戦場ならばとっくに討たれているぞ。その珍妙な頭は良い目印だしな。
「全力疾走よ!?それにさっきのあれは何??なんか煙出てきたんだけど!?」
煙玉のことか。あれを投げつけていなかったらこやつの足ではルークを撒くことは不可能だったであろう。しかしわざわざ詳しく説明することもあるまい。面倒だ。
「あれは…そう、護身用だ」
「護身用?…まぁ、公爵令嬢ならそういうのもいるのかしら?」
私の言葉になんとなく納得はした様子だ。
「で、それより!ルークに洗脳されたの??」
手近にある机を叩きながら詰め寄る桃色娘。近いな。
「洗脳はされていない」
前世でそのような事態を想定した対策はしっかりされているからな。しかし桃色娘は私の言葉に、今度は納得いかないと言う顔をする。
「あの男を舐めたら危険よ?あんたは知らないだろうけど、クロード様もガルシアもあんたの弟も、他のイケメンたちもみんな本来はあんな人格じゃなかったはずよ!?全部ルークがいつの間にか洗脳したからああなってるのよ!」
目をくわと見開き、力いっぱいさけぶ桃色娘。元気だな。
ふむ。しかしロティはともかく、クロード様やガルシアは昔から特に人格が変わったようには見えぬ。それとも私と出会う前から既に人格を変えられていたということか?だがしかし…。
「洗脳の方法はまだ分かっていないのか?」
「それが分かったら苦労しないわよ!戻せるものなら戻してるし!」
桃色娘はきぃー!と言いながら地団駄を踏みだした。
「そもそもルークがそこまでの能力を持っているようには見えぬのだが…」
「それが危険なのよ!一見普通のフリをして実はサイコパス!とかよくあるでしょ??」
私の言葉に勢いよく噛み付いてくる桃色娘。お主は狂犬か。危険なのは此奴の方ではなかろうか。
「さい、こぱす…?とは?」
「頭のおかしいやつのこと!あんたを誑かして何かを狙ってるわよあいつ!王家を敵に回す的なこと言ってたじゃない!」
私の両肩を掴んできゃんきゃん叫ぶ桃色娘。やはりまるで小型犬のようだ。
いや、王家を敵に回すと言っていたか…?ふむ…まあ明言はしていないが、そういう意味にも取れそうなことは言っていたか。クロード様の敵ならば私にとっても敵だ。だから赦しを乞うてきたのか?赦すわけなかろうに。いや、しかし私の赦しを得てどうするというのだろう。目的は何か…。む、そういえば。
「騎士の誓いとはなんだ?」
「はい?そんなのバーレリア貴族であるあんたの方が詳しいでしょ??って、そうよ!あいつマディアスの名に誓ってたわ!!」
言いながら何かに気づいたらしく、桃色娘は頭を抱え出した。
「誓いを立てたら王様でも撤回させることはできないわ!あんたのために身命を賭すって言ってたわよね??何がどうしてそうなったか知らないけど、具体的にはなんなわけ??」
「私に感情と自由を取り戻す…とか言っていたな。何のことなのかは分からぬが…」
桃色娘の勢いに軽く引きながらも答える。
「は?あんた感情や自由がないの??いや、あるでしょ!クロード様のこと大好きだし、私に嫌がらせして意地悪そうに笑って…ないわね?んんん?」
途中で首を傾げて何やら考え込みだした桃色娘。何の話かは分からぬが、嫌がらせをした覚えはない。
「いやでもそっか、聖なる乙女の選定の時点で手を打ったから私が変えたんだったわ…。あれ?よく分からなくなってきたわ。キリルシュカのキャラ変えちゃったの私ってことは、回り回って私のせい?あれれ?」
ぶつぶつと呟きながら考えている桃色娘の姿をぼんやりと眺める。
いつもながら何を言っているのかよく分からぬな。どうも考えが纏まらないようだ。そろそろこのやり取りは終いにしてクロード様のご様子でも見に行くか。
「考えが纏まったら教えてくれ。ではな」
片手を上げ挨拶をし、空き教室を出る。
「…でもでもあれくらいで人格まで変わるわけないし、でも嫉妬というキャラ作りの根幹を…って、ちょっと!?」
桃色娘がはっとして顔をあげた時には既に、教室に誰の姿もなかったという。




