師匠は誰
演習場に来たルークの存在に気づいたガルシアは、私に引き摺られ斜めになっていた体勢を直して挨拶をした。こういうところはきちんとしておるな。
「こんにちは、先輩。ご覧の通り、今日は全然人がいないから貸切状態ですよ」
ガルシアのその言葉にルークも挨拶を返した。そのまま二人は二言三言会話を始める。その様子を眺めながら私はぼんやり考えた。
二人とも長身だが、並ぶとガルシアのほうがやや大きいことに気づく。この世界は栄養状態が良いからか体格の良い者が多いな。しかもまだ成長期だという。忍びとしてはあまり大きく無い方が良いのだが、私も放って置いたらまだ伸びるのだろうか。
「…で、ガルシア君がご令嬢に稽古を?」
「いや逆です。俺が弟子でこいつが師匠です」
ルークの質問に即座に返すガルシア。その返答に目が点になるルーク。
「?エイル公爵家のご令嬢が、騎士団長の子息に?」
意味が分からないと言った様子である。首をかしげながら確認してくる。これは軽く説明が必要だろうか、
「いや、きちんとした剣術指南をしているわけではない。騎士の剣では勿論私はこやつに劣る」
「ってお前偉そうだな!?先輩だぞ!」
私の言葉にいちいち騒ぐなガルシアめ。冷静になれという教えはもう忘れたか。
「いえ、時期王太子妃、ひいては次代の王妃となられる方なのでぜひそのままで」
慌てて顔の前で手を振りながら答えるルーク。別に現段階では王家の者ではないというのに。というかこやつの丁寧さはなんだかむず痒いな。
「ふむ、そちらこそ妙に丁寧な話し方はやめてほしい。なんなら人間扱いしなくても構わない」
「え」
私の言葉にルークが再び固まる。
「いや、それは構うだろ…」
「貴族とか王族とか以前の話のような…」
何故二人揃って引き気味なのか。解せぬ。
「えぇと、ではエイル令嬢」
「キリルシュカだ。もしくはキリーで」
苗字で呼ばれるのは未だ慣れない。エイルはお父上様を指す言葉だと思うておるからかもしれぬ。結局私はこの世界に馴染みきれないでいるようだ。
「…では、キリルシュカさん?」
「丁寧に接するくらいなら家畜扱いの方が慣れている故、おい、とか、そこの、とか呼んでくれ。もしくは手をこう叩くとか…」
言いながら手を二回叩こうとしたがすぐさまルークに制される。
「キリーで!」
なぜか慌てた様に叫ぶルーク。どうしたのだこやつは。両手を前に出してまで制止することでもなかろうに。そして隣にいたガルシアに目くばせをし、私から数歩離れて小声で話し出す。
「なあ、エイル公爵家は大丈夫なのか…?虐待とかしているんじゃないか?」
「いや子供の頃から何度も行ったことがありますけど、そんな感じではなく…」
「ではまさかとは思うが王妃教育の一環か?いやそんなまさか…」
ひそひそと小声で話すが、私の耳にはしっかりと聞こえている。何やらお父上様か王家に失礼な疑惑を持ってないか?これは止めねば。
私はすっと前に出て二人の間に入った。
「エイル公爵もクロード様も素晴らしきお方です。そもそも私のことなどより、ここへは剣術鍛錬をしに来たのでは?」
お喋りをしに来たわけではなかろうに。私がそう言うとルークは思い出したかの様に剣を見る。
「ああ、そうだった。話が逸れていたな」
「良かったら手合わせしてくれませんか?」
ガルシアが喰いつくように誘う。そういえば先日の剣術試合を見てうずうずしていたなこやつは。
「ああ、こちらこそぜひ」
快くルークが受ける。
ふむ、これはこやつの実力を測る良い機会か。ガルシアの実力はわかるしな。何かを企んでいてもいなくても、ここはじっくり見定めさせて貰おうとしよう。
「では私は端で見させて貰おう」
模造剣を選ぶ二人を横目で見ながら、私は再び演習場の奥へと歩いて行った。




