漆黒の闇に導かれし一筋の光
あれから数日桃色娘を見張って過ごしたが、特に間者らしい動きなどは見せなかった。どうにも怪しい動きをしてはいるものの、クロード様やこの国を害する気配はない。それどころかクロード様への興味は最初の時ほどは無いようにも見えた。他国の間者などではなく、単なる不審者だったのだろうか。
そして意外にも真面目に学生をしていることもわかった。日々図書室に通って勉強をしたり、外を走り込んで身体を鍛えたりしている。ぱらめーたあっぷのため仕方ない…と呟いていたが一体何の事だ?
そんなある日、家庭科室でクッキーを作っているところを見かけた。寮の調理室で作れば良いものを、なぜわざわざ1人で学園で作るのか謎である。毒でも仕込んでいるのだろうか…。
「よーし、焼けた!ふふ、いい匂い!」
この桃色娘は時々やたらと大きな独り言を言う癖があるようだ。それとも今窓の外から近寄ってくる気配に気付いてのことなのだろうか。
「本当に、甘い匂いだな…」
窓の外から現れたのは我が弟ロティだった。昔は可愛い幼な子だったが、時と共に成長し背丈は私と同じかそれより大きいかくらいに伸びてきた。ちなみに現在中身は私にはよくわからない成長過程に入っている。
「え?外から声がしたわ!誰??」
振り向きながら叫ぶ桃色娘。家庭科室は一階といえど、いきなり外から話しかけられて驚いた、のか?若干棒読み気味なのは気のせいだろうか。
「ふっ…甘い匂いに誘われて来たわけではない。今日この日ここにくることは全て運命神の導きによるものなのだ」
誰だその運命神とやらは。姉は知らぬぞ。それに中等部のお主が何故ここにいる。
「ん?んんん?」
何を言われているのか理解できない様子の桃色娘。そうだな、弟が何を言っているのか私にもわからぬ。
「え、えーと、ろ…じゃなくて、君は誰かな?中等部の制服…だよね?」
「ふっ…そう簡単に名乗れる名ではない。うかつに俺に関わるな。闇の聖戦に巻き込まれたいのか?」
桃色娘が恐る恐る尋ねるも、訳のわからぬ返答しかせぬロティ。よもや己の名がロティアーグ=エイルだろうことを忘れたのか?しかも勝手に関わってきたのはお主だろうに。闇の聖戦とはなんだ?闇なのか聖なるものなのか?
「あの、その、私はマーガレットっていうの。キミ、アマイモノスキナノカナ?」
若干目を逸らしながもまだ話しかける桃色娘。なぜそこまでして話し続けるのか。もしや誰かに無理に言わされているのだろうか?
「甘いものだと?そんなものは女子供の食べる物だ!闇の遣いたるこの俺を愚弄しているのか!?」
こやつは昔からかなりの甘味好きのくせに、近頃は隠したがるようになった。そういう年頃なのよと母上様はため息をつかれるが、よくわからない年頃だ。
「ええと、あの、ヨカッタラコノクッキータベナイ?ワタシガヤイタノヨ」
訳のわからぬ理由で怒られたのに、それでも菓子を勧めるとは。やはりどうしても食べさせたい毒入りなのだろうか。まぁ幼い頃より密かに毒に慣らしておいたロティならば構わぬが。
「ふん…そこまで言うのなら仕方ない。貰ってやろう」
「貰うんかい」
貰うのか。
ん?いま桃色娘の声と私の心の呟きが被ったな…。
そうして窓から恐る恐る差し出される菓子を受け取り、その場でさくさくと食べるロティ。公爵子息としてはどうなのだろうか。いや、そのくらいはもはや大したことではないな。こやつには言いたいことが多すぎる。
「ふっ…悪くない味だ。またここにくるかもしれんな。運命神の気まぐれによって…な」
「あ、いや結構です。大丈夫でーす」
もはや目を完全に逸らしながら言う桃色娘。さすがに相手していられぬと思ったのか、もしくは目的はすでに達されたのだろうか。
「…そうだ。礼としては何だが、一つ忠告をしてやろう」
そのまま歩き出して去っていくかと思いきや、ぴたりと足を止めるロティ。なぜか振り向きはしない。
「あ、いえ本当に大丈夫でーす」
すでにそそくさとかたづけを始めている桃色娘だが、気にせずロティは続けた。
「姉上にはこのことは言わない方がいい…。宿業に塗れた闘いにその身を落としたくなければ…な」
「はーい、了解でーす」
すでに何の感情も感じられぬ桃色娘の返答。というかもはや、ちらりと見もしない。
だが弟よ、残念ながらお主の姉は壁から全て見聞きしていたぞ。この程度の隠れ身に気づかぬとはまだまだだな。しかも言われたくないのは虫歯の治療から逃げ回っているくせに甘味を食べたからだろうな。ほんに情け無いのう…。
そしてそのままロティは去り、桃色娘もそそくさと家庭科室を後にした。
…しかしなんだ、今回のこの、逃げ出したくなるような感覚。よくわからぬが身内というのはこういうものなのだろうか…。
忍びで良かった…。忍びでなければ弟の頭を叩いて逃げ出しているところだった…。




