王太子と兄
第一王子であって王太子ではない。
理由は生まれつき体が弱く、寝床から出れない日も多々あるからだと聞いている。
年はクロード様の一つ上。で、名前は…
「ナーシス殿下!勝手にお一人で出歩かれては困ります!」
そうだ。ナーシスだ。
彼の侍女らしき者達が後ろから走ってくる。
「なぜ?ここは王城、僕は王子。ならばここは僕の家の庭だ」
大仰な身振り手振りをしつつ主張する。なんだこやつ
「兄上のお体を心配しているのですよ。もしものことがないように、お一人で出歩かせないよう陛下から命じられているのでしょう」
さすがクロード様。素晴らしきご推察。
「もしものこと…ねぇ。それは僕より君に起きないように、となんじゃないの?」
にこやかに話すが明らかに含みのある言い方である。
「兄上のおっしゃる意味がよくわかりませんが、僕も純粋に心配しているのですよ。兄弟として」
クロード様も笑ってはいるが、いつもより表情が固い。
「ところで、そちらのデザートナイフを持ったご令嬢は…?」
ふと急にこちらに話を振ってきた。
「私の婚約者です」
すいっとクロード様が私を後ろ手に隠そうとなさる。
「婚約者…というと、エイル公爵家の?」
「そうです。何か?」
クロード様が私を後ろにおいやるため、さらに覗きこもうとするナーシス王子。クロード様にあまり近づかないでほしいものだ。
「さっき、これに向かってフォークを投げなかったか?正確に」
これというのは先程クロード様に向かって飛んできた謎の物体か。
「おい、私の発明した空飛ぶ小鳥3号を壊したのは君か?」
「鳥?この細長い謎の塊が?」
あ。思わず声に出してしまった。
「なっ…!ようやく喋ったと思ったら…!これはどう見ても鳥だろう!」
仕方あるまい。一応名乗るか。
「キリルシュカ=エイルにございます。ご機嫌麗しゅう。…その、不恰好、いや、前衛的な細工にて何がしかの武器かと思い、失礼いたしました」
一応淑女の礼とやらをしておく。
「不恰好…!?おい!そっちの君!」
「へ」
今まで一切気にされていなかったためぼさっとしていたガルシアに向き直る。
「君は誰だ?」
「あー…。バルク公爵家次男、ガルシア=バルクにございます」
こやつも一応公爵子息。きちんとした礼はできるのだよな。
「そうか。初めましてガルシア君。で、これは何に見える?」
怒りを抑えて冷静さを保とうと必死なのか、ふるふるしている。
「もちろん鳥にございます」
おお!こやつめ空気を読みよったか。ならば私も。「左様!鳥以外の何ものにも見えませぬな」
「しれっと言ってももう遅いわ!」
「ふっは!」
お。また笑いの発作が
「ふ、ふふふふ…!」
「く、クロード?」
信じられないものを見る目でナーシス王子がクロード様を見やった。
「ナーシス殿下もクロード様と兄弟仲良く遊びたかったのでしょう。ですからこの細長い…えぇと、ぴよちゃん7号?を飛ばして見せてきたのですね」
「空飛ぶ小鳥3号だ!」
中々挑発に弱いのう。所詮はまだ子供か。しかしおもちゃといえど、クロード様を狙ってきたのは許せぬ。
「そ、そうなのですか兄上?ふふ、ピヨちゃん号で…ふ!ふふふふふ!」
「クロード、君そんなに笑う奴だったか?」
クロード様は笑い上戸だろう。そんなことも知らぬとは、やはり兄弟仲はあまり宜しくないようだ。
「クロード様、鳥にみえなくても笑うては失礼ですよ。ナーシス殿下は特殊な美意識の持ち主やもしれませぬ」
「特殊…!?そんなことはない!」
また挑発をしてみると簡単に乗ってきた。
ちなみにクロード様はまた腹を抱えて笑い出してしまった。
「美醜の感覚は人それぞれ。お気になさらずとも大丈夫なのですよ」
「美しいものくらい分かる!」
ナーシス殿下はますます声が大きくなっていく。クロード様の笑い声もだが。そして周りでガルシアと侍女たちがどうすればとオロオロしている
「では、今この場で一番美しいものは?」
「今、この場で一番美しいもの?美しいのは…!」
む、勢いが止まったか?
ん?何だ?こちらを凝視して動かぬな。
「美しいのは…!」
こちらを見過ぎじゃないか?困らせすぎたか?
すいっ!とクロード様がまた私を後ろ手に下げて前に出てくる。笑いは落ち着いたらしい。
「兄上、あなた自身ではないですか?」
「そ、そう!私だ!!」
「………。」
その場に沈黙がしばし続いた。
その沈黙を破ったのは笑顔のクロード様だ。
「兄上こそ一番美しい!」
わっ!とクロード様が御手を叩く。
「そ、そうです!ナーシス殿下は美しい!」
はっ!とガルシアが続いた。
「お美しいナーシス殿下!」
きゃあ!と侍女が続いた。
「ナーシス殿下はお美しい!」
クロード様の護衛たちまでやけくそのような拍手喝采である。
クロード様のお考えはよう分からぬが、その他の侍女たちはとにかく場を収めたかったのだろう。ずっとオロオロしていたからな。
「わ、私が美しい…?」
謎の喝采を浴びて呆然とするナーシス王子。普段は部屋からあまり出ないと聞くので、こんなに注目をされたのも初めてなのかもしれない。
「はい、兄上の美しさには僕も敵いません」
素晴らしい笑顔でクロード様が仰る。
「そ、そうなのか…?わたしにも勝るものが…?う、うぅ…!げっほ!」
「きゃー!ナーシス様!血がー!」
いきなり吐血した。病弱というのは本当らしい。
本人は平気だと言っていたが、侍女たちが慌てて部屋へと連れ去っていった。
去り際に一言残しながら…
「この国一番美しい王子は私だ…!」と。
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