レヴニル「悩みは酒とともに」
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これはめんどくさいことになっているなあ、と思わずため息が漏れる。
僕、将来の毛根が心配かもしれない。遺伝的には安泰のはず……。あ、でも最近父さんの額が後退してきたって母さんの手紙に書いてあったような……。今度スグニル先生に相談しようそうしよう。
現実逃避を止めてもう一度手の中の書類を見つめる。
「はあ」
「おう、レヴィ、どうした?って俺の出した書類じゃん」
「ネイヴ、お疲れ」
彼の手首にはきらりと紫の護符が輝く。つまり彼は王城に勤める人間なのだ。
言動は妙に若いが、僕たちの同期だから、もう五十か六十の、いいおじさんである。おじいさんと言っても差し支えないかもしれない。言ったら怒られるから言わないけどね。娘さんも、見た目はもう僕らより上だ。孫だっている。曾孫も生まれそうらしい。
この魔族の大陸にも移民という形で人間たちが暮らしている。ネイヴも彼のお祖父さんの代にやって来たクチだ。東の大陸での宗教的な弾圧に耐えかねてこっちに来たらしい。
その為か、魔大陸にも聖教会があるのだ。人間の大陸での教えに比べると、ずっと寛容な内容だけど。
「今回は聖女の国だったんだね~」
「まあな。やっぱ、あっちは閉鎖的だな。よそ者には中々辛いぜ」
「とか言いつつ、キッチリ調査してるねえ」
「それが仕事だからよ」
僕は資料に書いてある数字の羅列を眺めた。ネイヴは行商人に身をやつして現地の密偵から情報を得、整理して提出するのが仕事だ。独自調査の市場調査と値上がりのグラフも事細かに書かれている。数枚めくると噂話とその裏付けがいくつも載っている。
「また、こんなスキャンダル、どこで手に入れたんだい?」
「忍び込んだに決まってるだろ?あっちはこっちでの想定訓練よりザルな警備だからな。二級の俺でさえ忍び込めたんだ。リリーだったら余裕だろうぜ」
「ああ……。あれはもう、アホとしか言えないよね」
そう言って一級諜報官の資格を持っている共通の友人を思い浮かべた。
「あいつ今資格いくつ持っているんだ?」
「さあ……。侍官、秘書官、宮廷事務官、薬師、諜報官、護衛官、教師、は持っていたはず……」
「楽師と調理師も聞いたことあるぜ」
「「……」」
取りあえずあの規格外は置いておこう。そんなことを目だけで語り合った。やはり古くからの友人というのは良いな。人間は寿命が短いのが本当に惜しい。魔族と違って人間には成長限界というものがない。生きている限り能力が伸びるからこそ短命なのかもしれないけど。
「ま、いいや。ネイヴ、またみんなで飲もうよ。こないだリリーが珍しい酒を手に入れたって自慢してきたんだ。ナタリエもまた新作料理できたって言っていたしね」
「へえ、そいつは楽しみだな」
今にも鼻唄が飛び出そうなネイヴに、詳細はまた後で連絡するよと言って、その場を後にした。
聖女の国、聖ロゼリエット王国。勇者の国――聖フランシス王国、剣聖の国――聖ユージェス王国、賢者の国――セルビス共和国の三国と並び、東の大陸を代表する大国だ。まあどの国も、政治の腐敗が著しいのだけど。特に贈賄がひどい。
ちなみに我が国では賄賂自体は全く禁止されていない。簡単に言えば『受け取っても良いが、職務を全うすべし』的な法律があるのだ。
例えば、密入国を黙認させるために金品を衛兵に渡しても、それは純粋な衛兵仕事に対する「感謝」であって客のための仕事に対する「報酬」ではないため、金品は衛兵のものだが密入国者は認めない、なんてことになる。
それでも完全に防げるわけではないのだろうけど、強さが絶対の魔族には、強者が定めたと言うだけで言葉は強制力をもつから十分だ。
人間の国でも一定の効果は発揮するんじゃないかなあ、なんて思うけど、人間たちは魔法技術ばっかり学びに来ているからね……。
今はそんなことはどうでもいいんだけどさ……。
「にゃにゃ、レヴィ、また辛気臭い顔してんな。貴公子の名が泣くぜ」
「アルフ……。君、暇なの?」
「にゃんにゃん」
ちっちっち、と尻尾を揺らしているのが癪に障る。
「今度、聖ロゼリエットに俺も行くんだぜ!」
「へえ」
「ふぎゃ!」
ドヤ顔がうざくてつい踏んでしまった。ちなみに今日は鉄板を仕込んだ安全靴だ。
それにしても僕の悩みを的確に見抜いてくるとは、流石警備部隊の密偵だ。
来月に聖女の国に外交に行く。どうも、彼の国に先日のマーキス・フィベルテでの誘拐事件の被害者がいるかもしれないので、最悪でも救出の努力を見せないといけないのだ。表と裏から救出作戦を決行しなければならない。
「でも、君が今回の随行員に選ばれるってことは、多分全裸だよ」
「にゃ、にゃんですと!」
アルフォルト自慢のキャスケットとチョッキ。正直脱いだところで大して変わらないと思うが、獣人族的にはタブーらしい。
『脱いでしまえば、それはただのケモノさ。キラーン』
それが彼らの言い分らしい。
「多分、ただの猫だよ、君の表の配役。南の大陸ならまだ魔族でも仲良くできるけどね」
「そ、そんなあ」
情けなく顎を落とすアルフが非常に愉快だ。
今回、彼の国に入国を許されているのは十人。比較的見た目が人間に威圧感を与えない宰相と密偵で埋める予定だ。
「どうしよっかなあ……」
アルフと僕(隊長が独断で決めた)以外の人選、難航するよね……。なんで僕の仕事なのかなあ?
リリー、ナハツェル、ナタリエ、ネイヴ、僕。五人で小さな丸テーブルを囲む。
「なんだかこのメンツが集まると、学院生気分になるな」
ネイヴが機嫌よさげに杯を傾けてしみじみと言った。
「えっ、そう?」
リリーは不思議そうに首を傾げた。手にはランジェオのジュースが注がれたグラスがある。
「みんな見た目が変わんないからな」
ニコニコと答えるネイヴ。僕は言葉を失った。リリーも迂闊だったと思って表情が固まった。
「逆にネイヴを見れば卒業からどれくらい経ったかすぐ分かるよね」
「俺は時計かよ!」
無神経なナタリエが麦酒で髭をつくりつつ答えて、和やかな空気は保たれた。ナタリエのこういう空気読めない感じ、変わらないよな。
ネイヴはしたり顔で僕とリリーとナハツェルに向かって口を開く。
「ま、俺が死ぬ前にお前ら結婚しろよ!見たいんだからな」
「うっ、確約は厳しい」
「みーとぅー」
僕の居心地悪げな答えにリリーが追従する。意味わかんない言葉だ。もしかして、匂いだけで酔っているのか?ナハツェルは対照的に落ち着いていた。
「私は、何もなければ数年後だ」
「お、ほうほうは~。まあ、もうほじゅーふぇんふぃじょーふぉんにゃくはふぁっふぇてうまくふぃってるもんねえ。ほほいぐらいじゃない?」
ナタリエがリスのごとく頬を膨らませてもごもごとコメントした。頬袋の中身はバターで炒った木の実だ。聞き取りづらい。
「ナタリエが早いだけよ。まさか卒業と同時にレーベル様と同棲し始めるとは思わなかったわ」
「リリーは最近ブラディーネル宰相様といい雰囲気よね!で、どうなの?」
「ちょっと、またなの!?やめてよ!」
なんだか男には混ざりづらい話になってきたな……。しかし、リリーに浮いた話か、珍しい。目元が赤らんでいるのも珍しい。ここぞとばかりにネイヴとナタリエが揶揄う。
「へえ、そいつは玉の輿じゃねえか」
「リリー、男は胃袋よ!ギュッと掴んで握りつぶすのよ!」
「お前にゃ色気はないが、頭がある!罠を張って仕留めろい」
言い切った二人は酒が回ったのか、そのまま熟したテウマトのように潰れてしまった。プルプルと怒りのやり場を失ったリリーの肩を、ナハツェルが叩く。
「大丈夫。色気はゼロでも、リリーは魅力的だ」
「目を、逸らすな!」
リリーのストレートが、決まった。今世紀最高の鋭さだ。
そして屍は三つになった。
「今日は、お開きだね……」
そう言うのが、僕の精一杯だった。




